(旧暦 文月二日、虫払い)

 これも積ん読本。
 たぶん十年近く積んだままだった。(;^_^A


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 『日本以外全部沈没 パニック短篇集』
  筒井康隆/角川文庫


 表題作『日本以外全部沈没』は、何とも酷いものである。そもそも小説の体裁をなしていない。ただただ、思いついたままを書き殴っただけのアイデア書きレベルである。
 だが、それでいい。いや、それがいい。
 なぜと言うならば、この短編はタイトルだけで勝負が決まるからである。あの大作『日本沈没』を読むか観るかした人ならば、このタイトルが目に入っただけで物語が脳内に自動展開される。そして、その内容は、ほぼ正解となる。
 これほど指向性の強いパロディ題名は他になかろう。まさに思いついた者勝ち早い者勝ち。
 いっそ、本文なしのタイトルだけでも作品が成立してしまうレベルである。つまりは、宴会の一発芸、流行語大賞に輝いた瞬間芸、『仮装大賞』なら開始数秒で満点取る爆笑芸、そういった性質を有するのが、このタイトルなのだ。
 本文など付け足し程度に過ぎないこのパロディ短編。なので文章が雑であっても無問題。
 というだけでなく、推測すると筒井さんは文をきちんと練る余裕がなかったのではあるまいか?
 先に、早い者勝ちと申した。そう。誰か他の野郎が先にこの題名を発表したら元も子もない。せっかくのアイデアが台無しになる。そう思えば思うほど、筒井さんは焦ったはずなのだ。小松左京さんから許諾を頂く間すら、もどかしかったこと想像に難くない。文章の丁寧さ完成度など関係なかったのである。「早いっ安いっ旨いっ」のみが求められたこの原稿は、文字が走り跳ね転がりダイブしつつマス目を跨ぎ行間を越え互いに重なり、さらには変幻自在、一部は時空の彼方に消失、受領した編集氏をきっと絶望の淵に叩き込んだことであろう。
 これが発表されたとき、石森章太郎さんあたりが「筒井さん、やってくれやがったなァ」とニヤリしたに違いない。きっとそうだ♪

 筒井さんの作風は『時かけ』などよりも、こちらのほうが本質なのではないかと思う。スラップスティックと言うと聞こえは良いが、要するに登場人物すべて機知害なのである。
 とりわけ『ヒノマル酒場』と『農協月へ行く』が顕著だろう。見事にすべて狂っている。
 この二作品には既視感があるが、実は逆で、この二作品が源流となって、後々にいろいろな狂った作品が派生したというのが実際なのではないか。

『ヒノマル酒場』の面々から思い出されるのは。
 例えば松本零士さんの作品で、成り行きで宇宙船に乗せられた短足胴長のおっさん連中がトンカチ片手に壁やら床にタガネか何かを当てて「ここに穴が空くかどうか試しとる」と頑張ってたり。
∀ガンダム』では、戦艦ウィルゲムに乗って月へ向かうミリシャ一行の中に、退屈しのぎに樽に入って“川下り”を実行したバカ軍曹もいた。
 皆、ヒノマル酒場の仲間と呼んで差し支えないと思うよ♪

『農協月へ行く』の「農協」という代物が何であるか、つたないながらも補足するなら。
サイボーグ009』の「北欧神話編」にて、やどり木の村を訪れた一行が、村境で歌っている老人・目なしのヘドウールから「どなたかな?」と問われ、英国人のグレートがふざけて「世界に名だたるノーキョー観光団」と名乗り、横で亜米利加人のジェットが笑い、日本人のジョーが苦笑しながらも「えと……旅の者ですよ」と訂正する。
 北欧神話編の発表当時、世界で悪名を馳せていたとされるのが農協の団体観光客(事実かどうかなんてオイラ知らないよ)。今の「Nツアー」とは、まったくの別物。
 判りやすく言うならば。コロナ禍の前まで日本列島を席巻していた中国爆買いツアー。あれを桁違いに下品にしたもの、と考えれば、だいたい合っていよう。高度成長期からバブル崩壊まで、日本人が世界中で軽蔑されていた一因と言っても差し支えないかもしれぬ。要はカネは持ってるが礼儀も知性もない成金の田舎者集団が海外旅行先で傍若無人にふるまう様子を皮肉った言葉。なぜ「農協」なのかは、農地や山持ちの農家がお金持ちであったこと、戦後の海外渡航解禁でそんなお金持ちさんたちが一気に海外へと旅に出たこと、そしてその素朴な人たちは外国のルールやマナーを知らなかった、あるいは知ろうとも守ろうともしなかったがゆえの訪問先の人々との摩擦や軋轢や騒動。まあ、いろいろあったであろうことは想像に難くない。
 こういった諸外国の失笑や軽蔑や怒りを誘う日本人旅行者の愚行は、バブルの頃が最悪だったようで。昭和に流行った「エコノミック・アニマル」とか「イエロー・モンキー」なる蔑称には、日本人が金儲けにガメツイというだけでなく、こういった成金日本人旅行者の素行不良への揶揄も含まれていたのかもしれない。
 だからと言っても、それをストレートに書いてしまう筒井さんは勇気あるなー。農協や農家から叩かれなかったのかなー。

『新宿祭』や『ワイド仇討』は、高橋葉介さんあたりが好きそうな破滅的バカ話。
 たぶん短編とかで、似たようなのやっておられたと思うな。どれかとか思い出せんけど。

 結論。
 筒井康隆は狂っている(誉め言葉)。