立夏 (旧暦 弥生廿日)

 少し前のこと。
 チンギス・カンを侮辱したとかで、少年漫画誌と漫画家が猛攻撃されましたよね。モンゴルが国家として日本の外務省に抗議、それを受けて外務省が出版社に圧力をかける騒動にまで。
 モンゴル政府が官民の区別を知らないほどに野蛮なのは仕方ないとしても。本当なら外務省は「民間企業のしたことであり、政府は無関係」という姿勢を通すべきでした。なのに役人どもときたら、変な忖度をしてくれたものです。
 たしかに、あーゆー侮蔑的表現は、モンゴル人にしたら腹立つでしょう。だから怒りの感情は判る。抗議するのも判らなくはない。ダメなのは抗議する相手をまちがえたこと。直接、出版社に言えよな。外務省も、そんな筋違いを相手にするなよな。

 でもなー。
 言ってしまうと、日本人にとってチンギス・カンは英雄でも偉人でもないですよ。むしろ憎むべき侵略者の一族。なにせクビライの爺様ですからね。なので、日本にしてみれば、チンギス・カンを褒め称えたり敬意を払う義理なんてありゃしない。むしろ叩くべき対象。
 たぶんですが、例えば秀吉とか未だに半島ではクソミソに言われてると思いますよ。でも、そんなこと日本人も日本政府も意に介さない。遠い過去の人ですし。それとも大阪人だけは怒ってるのかな?

 日本政府は幼稚なモンゴル政府に振り回される愚を犯したわけです。

 モンゴルはモンゴルで、もっと余裕を持ってほしかったですね。
 件の作品について「日本の漫画に、こんなに下品で馬鹿なのがあるぞ。知能低いよな日本人」とでも見下して笑いとばしていればいいんですよ。実際、お下品な絵でしたし。そう言われていれば、日本人の一人として口惜しいが、馬鹿で下品なドルジに対してすら反論できなかったでしょう(苦笑)。



 で、まあ。
 このニュースを知って、ふと思い出した作品があるのですよ。


 『イブの息子たち』
 『イブの息子たち』全三巻
  青池保子/白泉社文庫


 1970年代の短期間に大暴れした作品です。読んだら、たぶん腹筋痛めます。
 作者の青池保子さんは『エロイカより愛をこめて』の人と言えば、お判りのかたも多いことでしょう。

 この作品、あえて分類するなら、いちおうはBLに入ります。こどもの日に何を紹介するんだ(爆)。
 ただし、あくまでも人物たちの相関関係がそうであるというだけで、別にR指定なシーンとかはありません。その点は、ご安心を(おいそこっ、がっかりするな!)。
 おおまかに言うと、ストーカーされたり攫われたり監禁されたりする体質のヒロイン(♂)と彼を両脇で支える美青年&美丈夫の主人公トリオが、三人を狙う異世界国家(♂のみ)と、その対立国家(♀のみ)との抗争・戦争に巻き込まれて右往左往七転八倒するという荒唐無稽なナンセンス・ギャグです。
 その異世界の人々は、伝説上の人物、歴史上の有名人、そして著名作品の登場人物などで構成されています。中には連載当時に存命中の人まで(驚)。

 そろそろ言いたいことが、お判りでしょうか。
 ナンセンス・ギャグと申しました。そして登場するのが著名人だらけ。しかも基本構成がBL。

 つ・ま・り。

 歴史上の人物たち(♂)が血相変えて美形男子を追いかけ回すのですよ。で、そんな♂国家を倒すべく♀国家が武力介入。
 いや、古代ローマとかならいいのですがね。そうでないカテゴリのかたがたも、つまりそーゆー性癖として、しかも愚か者どもとして描かれているワケ。そんな連中がドリフ並みの滑稽なドタバタを繰り広げる。おまけに♀国家も、乱入ついでに美男にヨダレを垂らすときたもんだ。
 今やったら、叩かれるだろーなー。と、↑のニュースから感じたのです。はい。

 実際問題、その人物を敬愛する層にとっては、本当に侮辱的に見えるでしょう。
 でもまあ、そんな相手に下卑た忖度をしなかったからこそ、はじけた面白い作品になったわけで。無難に萎縮した作品ほど、つまらんものはないですからね。
 ましてや自主回収とか発禁とかは、表現の自由にとって自殺行為です。断じて、やってはならない。
 とは言え、昭和に比べて今は窮屈な時代ですからねぇ。尖った部分すべてが禁止されるのも時間の問題かもしれません。

 いや、すでに過去作品への表現弾圧は静かに始まってますよ。
 この作品、一部分が、そのテのコードに引っかかってるらしく、当該箇所が修正されています。

 具体的に言いましょう。
 第六部に、ヒトラー総統が登場するのです。で、ご多分に漏れず三人組を追いかけ回す変態馬鹿キャラとして暴れまくる。
 この第六部が、旧・プリンセスコミックスから、新装版であるプリンセス・コミックスαになった際、改稿されています。まあ、文字面を変えただけのようですけどね。
 そして、写真の白泉社版ですが。これ、まだ現行のはずなのですが、第六部が収録されている第3巻のみ入手できません。古本しかありません。もちろん妖之佑が買ったのも古本です。ヒトラーが原因であろうことは容易に想像できますね。こちらは修正予定もないのかな。全三巻なのに第3巻だけ流通させないというのもズルい気がします。

 ただ、これに関しては作者さん自らが後悔して封印したがっておられるという話もあるので、難しいところではありますが。
 ヒトラーとて今は歴史上の人物であって、そこまで徹底的に禁忌とするのもどうかなとは思うのですよ。それ言い出したら、歴史上には虐殺や大量殺戮を実行した施政者・権力者なんて掃いて捨てるほどあります。それらすべて封印しますか?

 ばかげてる。

 21世紀は、あるいは表現・創作が退化する時代なのかもしれない。
 と思うと鬱になりますね……。

 ちなみに、歴史が大の苦手だった妖之佑は、この作品がきっかけでボルジア家のことを知ったのでした。
 カテゴリが何であれ、パワーのある創作物は教材になり得るのですよ。