(旧暦 皐月廿日)

 ITメディアには、そう悪い記事はないんですが。
 久々に、バカ丸出し、あるいは悪意に満ちた記事を発見。

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1706/13/news038.html

 3ページ目までは「ふむふむなるほど」と読めたんですけどね。
 4ページ目の真ん中で雰囲気が怪しくなり、5ページ目でトチ狂った論理で結んでくれやがりましたよ。

 これが本気で書かれているなら、記者はガイキチでしょう。
 でないなら、意図的に悪意を持って書かれている。記事の締めを見た感じでは、こっちのほうが正解かもですね。ヒーロー論のはずの文章が加計問題で終わるなんて、いかれてます。

 そもそもウルトラ、ライダーの昭和ヒーロー両横綱が太平洋戦争の英霊像から作られているなんてのが戯れ言です。
 初代『ウルトラマン』のメイン・ライターだった金城さんが戦争嫌いで左寄り思想だったのは、世間どころか、ご本人も認めておられたこと。

 つかさ。この著者、日本と U.S.A. 、あるいは日欧と U.S.A. との間で「お金持ち」の意味が違うことを理解してないですよね。
 今でこそ、IT系の台頭で一代で財をなした人が増えましたが。そもそも、日本や欧州の「お金持ち」は、イコール既得権を持った権力者です。それも代々続く名家が基本。欧州なら王族・貴族、日本なら公家と武家と財閥も含めましょうか。
 対して、U.S.A. の「お金持ち」は先祖代々ではなく、長くてもたかだか数代の歴史しかありません。スタートは皆同じ、二百年前の庶民(つか入植者)でした。つまり、アメリカン・ドリームを勝ち取った人たちなのです。日本などとは根本的に違う。
 日本で言えば、町工場から一代で大企業にした松下さんと本田さんが同類ですね。だからこそ、このお二人はビジネス世界での昭和ヒーローにカテゴライズされます。
 日本のヒーロー作品が底辺の一庶民や一隊員を主人公に据えるのは、もっともっと古くからの“伝統”に影響されています。一番近いのが徳川の世の赤本(今で言う子供向け絵本)でしょう。桃太郎、一寸法師、金太郎などなど、鬼を退治して世を助けたのは、いずれも上流階級とは縁などなく身元の怪しい者ばかり(笑)。まあ、金ちゃんが鬼退治するのは出世してからではあるんですがね。
 ここで肝心なのは、桃ちゃんも金ちゃんも、あるいはその他のヒーローたちも素性が怪しくて、貧乏な家で育ったという過程。
 例えば桃ちゃんは神秘の力を持って生まれた(桃という魔除けの果実から生まれた)貧乏人の小倅。庶民であるハヤタが神であるウルトラマンと融合する、あるいは庶民である本郷がおぞましい超科学の力を植え付けられる、という過程と被るのです。
 この過程は判官贔屓の思想・感覚ともつながると言っていい。元々は高貴な人が落ち延びてヒーローになるパターンですね。鞍馬天狗や拝一刀とかが代表選手かな♪
 古典落語でも、権力者を揶揄という形で批判する題目は枚挙にいとまがない。つまり、日本における庶民の味方は神佛に守護された庶民、あるいは底辺に墜ちた高貴でしかありえないのです。

 とは言いながら、実は日本でも「お金持ち」がヒーローになっている超定番の実例は、ありますよ。
 水戸のご老公とか、貧乏旗本の三男坊とか。

 て言うかサー。昭和ヒーローたちが隊員かプータローまがいなのは、単に日中の活動をさせやすくするためですから。勧善懲悪の話を複雑化させないためのものですから(ここを頑張ろうとして主人公たちに正業を与えた『マイティジャック』は大失敗したし、『ウルトラマン80』は路線変更を余儀なくされた)。
 兵隊と学生がヒーローの元だ、なんてのは妄想にしても酷すぎます。

 要するに著者の考えが的外れもいいところ、ってこと。
 加計を批判したいのなら、昭和ヒーローの名前なんか使わずに堂々とやればいい。ヒーローたちに謝れ!

 ついでに細かいことを指摘しておくと。
 科学特捜隊の隊員は国家公務員ではないですよ。ネルフ国際公務員みたいなものです。そもそも科特隊が日本政府の下にありませんからね(そのわりに、自衛隊や宇宙局などなどとの命令系統が曖昧ではありますが……昭和作品だな〜)。