『ブラック・ジャック [ミッシング・ピーシズ]』
手塚治虫/立東舎
ご存じのかたも多いことと思います。
『ブラック・ジャック』は、単行本収録が不完全のままです。どの単行本シリーズでも、全話のコンプリートはなされていない。しかも、複数のシリーズを跨いでも全話を読むことは叶いません。
巻末解説にもあるとおり。手塚先生は単行本化にあたり、発表順にこだわらず収録エピソードを自ら選んでおられたそうで。なので、すべてが実質的な抜粋本・傑作集になっているワケ。
このこだわり、漫画の神様に対して大変に申し訳ないんですが、失礼を重々承知のうえで読者の端くれとして言わせていただけるなら、まさに「余計なお世話」なんですよねぇ。m(_ _)m
取り分け、最初のシリーズであるチャンピオンコミックス全25巻は酷かった。判りやすい例を一つ挙げますと。このシリーズの中でのドクター・キリコの初登場は「ふたりの黒い医者」(全身不随の母親を想う兄妹がBJに、母親本人がキリコに、それぞれ依頼したWブッキング)なのですが。雑誌発表でのキリコの初登場、つまりはキリコが初めて世に出たのは「死に神の化身」(船内で細菌兵器に感染した船員たちに対する政府の処遇。単行本で「恐怖菌」に改題)でした。この「恐怖菌」、コミックスでは「ふたりの黒い医者」よりずーーーーっと後の収録で、とにかく絵柄で混乱させられます。キリコが別人なんだからもう。これが発表順での収録なら、単に絵柄の変遷なのだから無問題なのに、ねぇ。
そして、これも解説にありますが。
手塚先生は、そのこだわり故、単行本収録に際して、原稿を改編なさるのが常でした。よって、同じ作品が雑誌掲載仕様と単行本収録仕様とで大きく異なるケースも多々。
一番激しく変化したのは『火の鳥』だそうですね。私は全容を知りませんが、編によっては結末すら全然別物になっているそうな。
なので、『BJ』も、一部のエピソードは雑誌版と単行本版とで違いが顕著。
といったあれこれを可能な範囲で補完したのが、この本です。
ただし、手塚プロが明確に封印を宣言している「植物人間」と「快楽の座」は、さすがのこの本でも未収録(「植物人間」はチャンピオンコミックスの初期には入ってた。「快楽の座」は一度も単行本化されていない)。
それでもです。この二つと同じく封印が明言されていた「指」の、改編された「刻印」との差分を収録しただけでも、この本の価値はデカい。
以下、簡単に順繰りに。
「医者はどこだ!」
記念すべき『BJ』第1話。自損事故で死にかけた大金持ちのドラ息子を救うために、何の罪もない仕立屋が「合法的に殺」されて移植手術の材料にされる話。
いきなり凄いのですよこれ。原稿をコピーした形態なんです。鉛筆のメモ書き、ホワイト修正、ネームの切り貼り状態、すべて判ります。これは楽しい。
「ストラディバリウス」
名演奏家と名器ストラディバリウスの絆を描いた話。
これは雑誌版と単行本版とを続けて収録。どこがどう変わったか比較するのが面白いです。
「緑柱石」
「ふたりのピノコ」
公害病に苦しむ、ピノコそっくりの女の子の話。
単行本化に際して内容の大幅改編および「ふたりのピノコ」に改題。
両者を続けて収録。
ちなみに「緑柱石」の単行本収録は初のはず。
「侵略者」
入院している少年の周囲の人々がある日を境に変わってしまった話。
最後に差分を収録。
「ピノコ西へいく」
患者が治らないと訴えられたBJが雲隠れ。それを追うピノコの話。
最後に差分を収録。
「空からきた子ども」
当時の「ミグ25事件」から発想を得たと思われる話。
最後に差分を収録。
「霊のいる風景」
降霊会の話。BJは霊にもよく感謝される♪
最後に差分を収録。
「刻印」
BJの旧友で大悪党になった男の話。
最後に、雑誌版である「指」から差分を収録。
「虚像」
BJの恩師が落ちぶれていたという話。
完成形と下書きとを見開きで並べて収録。
「人生という名のSL」
実質的な『BJ』最終話。
最後に差分を収録。
その他に。
「灰とダイヤモンド」「悲鳴」「キモダメシ」から差分のみの比較。
新連載告知、扉用の絵、各話の没カット、「連載延期のおわび」。
日テレ『24時間テレビ』のアニメおよび『火の鳥2772』におけるBJの設定画。
などなど。
本自体が雑誌サイズですから、読み応えありますよ、ええ。