朔、八朔、穂掛け、八せん終わり (旧暦 葉月朔日)

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 『スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました 7』
  森田季節シバユウスケ・紅緒/ガンガンコミックスONLINE
 『ヒラ役人やって1500年、魔王の力で大臣にされちゃいました 3』
  森田季節・村上メイシ・紅緒/ガンガンコミックスONLINE


『1500年』は、これにて完結。
 スピンオフだから仕方ないとは言え、もう少し続くものと思ってました。淋しいな。
 まあ、あっと言う間に『300年』の時間に追いつきましたからね。そうなると、やる意味があんまりなくなるわけで。
 いっそ、コミカライズ独自で、もっともっと新米大臣ベルゼブブさんの七転八倒ぶりを描いても良かったんじゃないのかな。などとも思うのです。

 前巻のライカ、フラットルテに続き、今巻ではファルシァルに、アズサさんまで。
 読者サービスと言えば聞こえは良いですが。それでも、ベルゼブブさんが高原の一軒家メンバーの過半数に、実はとうの昔に邂逅済みだった。なんてーのは、あまりに乱暴でした。
 前にも言ったけど、このリンクは松本零士作品群レベルの強引さです。時系列に矛盾が生じかねませんし、すべて「昔のことだから記憶が曖昧」で済ませてしまうあたりも雑ですね。
 例えばね。意識高い系のライカがベルゼブブさんに完敗した過去を憶えていないものなのか? という疑問。
 ライカは初めて高原の魔女に殴り込みをかけた時点では傲慢な思い上がりドラゴンでした。井の中の蛙と言ってもいい。つまり、負けたことがなかったからこその態度だったわけです。なのに、それより過去にベルゼブブさんにボロカスに負けている? ありえません。まして『300年』では、そのことを忘れてベルゼブブさんと初対面な態度? 絶対にありえません。ライカにとって、敗北ほど大きな記録は、ないはずなんです。
 百歩譲って、ベルゼブブさんが忘れているのは納得できなくもありません。農相の仕事と、魔王様のワガママに忙殺される日々を何百年も送ってきてますからね。そんな中で、負けん気の強い子供ドラゴンに圧勝したなど、些細なことでしょう。どう考えても「魔族枕投げ戦争事件」のほうが記憶に刻まれてて当然(笑)。
 それでもね。魔王様とともにフラタ村を訪れたときの、得体の知れぬ魔女から受けた圧倒的プレッシャーを、はたしてベルゼブブさんが忘却するものかどうか……。逆にペコラは、ここで高原の魔女を「お姉様候補」として少し認識した可能性は、あっても面白いですけどね。で、虎視眈々と三十五年の間、機会を伺っていた、とか♪
 ともかく、『300年』とのリンクには、半捻りでいいから工夫が欲しかったなーと思います。そこだけが残念。
 あるいは、アズサさんの台詞のとーり、「ニアミス」に留めておいたほうが良かったんじゃないのかな。

 ささやかに嬉しかったのは番外編がちゃんと収録されたことです。
 タイミングとしては二巻に入るものと思ってましたから、ひょっとして割愛か? と不安だったのです。
 たった2コマですが。大臣になりたての頃のベルゼブブさんが、ときどき服装を地味子に戻して元の職場で事務仕事をしてた。というのが大好きなのです。はい。



『300年』は、あとがきにあるとおり、ほぼククさん推しの巻でしたね。
 このククさんの話。感じ入るところが多いです。
 前巻で、エモーショナル系のクライム系のデス系の孤独系寄りの巻き込み系、スキファノイアとして頑張ってても、まったく売れない芽が出ない。いっそ音楽を諦めようかと迷うところに、アマチュアのフラットルテよりも下手だという残酷な事実まで突きつけられる。
 そりゃー、呆然と高原に座って日々を送っても仕方ないですよね。
 それでも腐らずに、デス系から離れて新境地を開拓、アズサさんやベルゼブブさんの助力もあって、大きなチャンスを掴むことに。
 フラットルテよりも下手とは言え、長く続けてきたククさんは、ちゃんと実力があったんですよね。だからこそ、チャンスを生かせた。
「ありがとう」の見開き大ゴマはズルいですよ(涙)。
 そして、フラットルテがククに贈ったエールも素晴らしい。
 現実に、こんなトントン拍子に上手くいくことなんてありゃしませんが、物語としては良いんじゃないかな。私は好きですよ。

 このテのサクセス・ストーリは、この巻にもチラッと登場した洞窟の魔女・エノの話にもありましたね。
 かなりこじらせてたエノも、薬作りの実力だけは本物で。だからアズサさんが、きっかけを与えることで成功のルートに入れた。
 最初の頃にアズサさんがライカに言ってた「決して人の評価を求めないこと」「自分がやりたいからやる」という言葉ともども、作者さんの承認欲求というものへの考えかたが、かなり顕れていると感じます。突き詰めれば、相沢梓さんが過労死する前にまで遡る問題でもあるような気もします(温泉卓球サークル「ふわふわ」とは何とも微笑ましい♪)。

 努力は尊いけど、人の目ばかり気にしての努力は何か違う。
 自分が好きなことを続けてるだけ。それで高原の魔女は知らないうちにレベルMAXになっていた。
 音楽祭のために王都ヴァンゼルドを訪れて再会した元廃人ゲーマーのポンデリが、「立派になったね」というアズサさんの言葉に返した笑顔にも見られます。
「そうですか? 好きなことしてるだけですよ? 墓場に住んでた時と同じです」
 ってね。

 まあ、不老不死のアズサさんやエノ、そしてアンデッドのポンデリと違い、獣人のククさんは人間よりずっと長命とは言え不死ではない。
 その違いが、ククさんの話だけ特に心に響く理由ではある。のかな。

 好きなことしてて報われたら一番だよね。
 そこそこでいいから。
 大成功なんて、レベルMAXなんて望みはしないから。