朔、三隣亡 (旧暦 弥生朔日)

 新横綱稀勢の里、奇跡と感動の大逆転優勝!

 などという文言が飛び交っている今日この頃。
 日本の世論は相変わらずの脳天気な浪花節だなと、つくづく思いましたね。

 もう随分と前になる、横綱貴乃花の逆転優勝を思い出さざるをえません。
 世間も思い出しているでしょうが、妖之佑はマイナスの意味で、この二つを同列に考えます。
 当時の小泉総理が「感動した!」と言っていた馬鹿面には、ほとほと呆れましたから。

 妖之佑が何を怒っているのか、お判りにならないでしょうか?

 当時を振り返りますと。
 十四日目に右膝を痛めた貴乃花は、それでも千秋楽に強行出場。本割りで武蔵丸に敗れての、その武蔵丸との優勝決定戦。たしか、貴乃花は塩を取って土俵に向き直ったとき、グラッとよろけたんですよね。そこまで状態が悪かった。対峙する武蔵丸の目に入らないはずがなく、本割りともども武蔵丸関は、やり辛かったと思いますよ。
 結果は、ご存じのとおり。優勝決定戦を制した貴乃花の優勝。小泉総理が↑のような馬鹿台詞を吐き、十四日目の取り組みで貴乃花に怪我をさせたとして武双山関は悪者扱いされるという気の毒な境遇になるワケです。
 ですが、話はこれで終わらない。一部の人々が予想していたとおり、この無理をした一番によって貴乃花関は力士生命を大幅に削り、その後、二年持たずに引退しました。もっともっと長く綱を張れる横綱だと思っていただけに、もったいなかったという印象でした。

 さて、新横綱春場所を迎えた稀勢の里関の心中を想像すれば「ここまで来て怪我くらいで休めるか!」であろうことは誰にでも判ります。優勝争いをトップで走ってましたからね。これが三日目、四日目あたりなら休場したかもしれませんが、残り一日となれば、なおさらでしょう。
 結果として優勝しましたが、これを褒めるべきか批判すべきか。少なくとも妖之佑には、手放しで祝っている連中の顔が馬鹿面にしか見えません。十九年ぶりの「日本人横綱」が、ひょっとしたら短命横綱に終わってしまうかもしれないような無茶を、どうして褒められましょう?

 実際、貴乃花関の話に戻すとね。
 強行出場からの逆転優勝を手放しで褒めちぎっていた世論(横審を含む)は、その後に毎場所を休場し続けた貴乃花を徐々に批判するようになったわけです。「出場できないならサッサと辞めろ。この穀潰し」というワケ。勝手なものです。
 結局、世論からの風当たりに対して、体調不十分なままの出たり休んだりで、どんどん体をズタボロにしていった挙げ句の引退となりました。
 きっかけとなった強行出場はともかく、その後のことでは、妖之佑に言わせれば、横審と世論が貴乃花関を潰したんですよ。


 今場所の問題点は、これだけではありません。
 同じく優勝がかかっていた大関照ノ富士が、十四日目に注文相撲で白星を上げた。これに対して観客からの大ブーイング。「モンゴルに帰れ」という暴言まで出ていたとか。たしかに大関が立ち合いの変化は印象よろしくありません。理事会や審判部からの今後の評価にも響くでしょう。
 しかしです。
 千秋楽、優勝決定戦に持ち込むために本割りで稀勢の里が見せた変化に誰も文句を言わないのは、どうしてなのでしょうね。「新」とは言え横綱である稀勢の里は変化しても批判されず、横綱より格下の大関は変化して大ブーイングを受ける。おかしくありませんか?
 稀勢の里は怪我をしていたから仕方ない? いやいや、照ノ富士も怪我してましたからね。
 思えば、以前に横綱白鵬が変化したときも、それはそれは激しいブーイングの嵐でした。
 なのに、稀勢の里の変化にダメ出しするマスコミや相撲ファンの声を聞きません。不思議なものです……いえ判りきったことですね。白鵬照ノ富士もモンゴル人力士であり、稀勢の里は日本人力士だからですよ。こんなザマでは大陸や半島の「愛国無罪」を批判なんてできませんね。情けない。


 あとこれは、ほぼ、ついで話の問題点なのですが。
 重い怪我を圧して出場することでの対戦相手に対する失礼、という点。テーピングやらサポーターやら包帯やらで、いかにも「自分、怪我してますんで」と言わんばかりの姿。これが相手に対するプレッシャーにならないはずがなく。
 かつて貴乃花と優勝を争った武蔵丸は、もちろん全力で闘ったはずですが、それでも心の奥底に、どうしても百パーセントを出しきれない部分があったと思うのです。
 今回の照ノ富士関も、やり辛かったに違いありません。本人は否定するでしょうけどね。
 いや、相手が大怪我しているのが判ってて、そこを意図的に突いて相手の力士生命をも平気で絶とうとするのは後にも先にも、品位のカケラもないチンピラ朝青龍くらいなものですよ。
 しかしながら、実のところは、怪我を圧して出た力士に、弱点を突かれて文句を言う資格はありません。それで潰されても自業自得です。真剣勝負とは、そういうものではありませんか? それが嫌なら休めばいいだけ。だから、相手力士が包帯してても遠慮なく土俵の下に叩き落としていいんですよ、非情でいいんですよ(相手が格上や先輩だと、裏での報復が怖いかもだが……)。


 稀勢の里関や当時の貴乃花関の相撲道を否定する気はありません。それは、ご本人が自らの体を懸けて、お決めになることですから。
 ただ、世論が、それをやたらと持てはやすのは美化するのは、ちょっと違うんじゃないかな、と思うわけです。もっと言えば、こういった無責任で不気味な盛り上がりは「感動ポルノ」の同類ではないかとすら思うのでした。