世田谷ボロ市 (旧暦 霜月三日)

 中公文庫も思いきったことを。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784122074767

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784122074774

 ガロ版の『鬼太郎夜話』は、既に中公文庫から出てはいるんですよね。
ゲゲゲの鬼太郎』(全九巻)の第8巻(子啼き爺のカバー絵)および第9巻(油すましのカバー絵)がそれです。
 内容については現物を見ていないので判りませんが、わざわざ「決定版」として新たに出すのですから、既刊の中公文庫『夜話』は、ちくま文庫版『夜話』と同じ内容なのではないかと思われます。

 であれば来月出る『決定版』の内容は?
 おそらくですが、『水木しげる漫画大全集』の中にある『ガロ版鬼太郎夜話』とほぼ同じ、つまりガロ連載時の形態であろうと(「ほぼ」と言ったのは、『漫画大全集』は同じ作品の掲載誌や単行本ごとに違うパターンをすべて収録してあるから)。

 ガロ版の原稿には二つあります。
 一つは『鬼太郎夜話』。これは貸本版の『鬼太郎夜話』をガロにてリライト連載したもので、基本的なストーリは貸本版とで同じです(ねずみ男人狼や空き家の扱いなど、一致しない箇所もある)。
 もう一つは『夜話』に先だって掲載された『鬼太郎の誕生』です。これも貸本版『幽霊一家』のリライトで、水木とその母が鬼太郎を育てることになった経緯は同じながら、水木母の結末が変更されています(と言うか放置状態)。

 いろいろな事情が重なったのでしょう。『誕生』も『夜話』も、『漫画大全集』を除き、これまでガロで発表された形での単行本化は、なされていませんでした。
 これが巷の誤解を生んだ。

 現在、『鬼太郎の誕生』として単行本収録されているのは講談社コミックス『ゲゲゲの鬼太郎』(全十三巻)第1巻および、中公文庫『ゲゲゲの鬼太郎』(全九巻)第1巻だけのはずです(無論、『漫画大全集』を除く)。どちらもガロの形態ではなく、ガロより後に別冊少年マガジンに「鬼太郎特別編」として読み切り掲載された形です。なので、ガロ掲載の形が正確には再現されていません。しかも『墓場の鬼太郎』ではなく『ゲゲゲの鬼太郎』単行本に収録されたため、これが所謂「正義の鬼太郎」の誕生と誤解されており、『誕生』を収録しなかった講談社漫画文庫(全五巻)や、ちくま文庫(全七巻)が叩かれる理由ともなっています(言いがかりレベルなんですよねホント)。
 正義の鬼太郎の誕生については、少年マガジンでの連載開始に併せて掲載された見開きの画報「妖怪大作戦 鬼太郎のおいたち」のみです。内容は貸本版の超々ダイジェストみたいなもので「血液銀行社員(名無しさん)に拾われた鬼太郎は、成長すると気味悪がられて追い出された」とだけあります。なので、我々のよく知る、妖怪ポストを介して人助けしてくれる鬼太郎は育ての親を不幸にはしていないのです。映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は厳密には貸本版やガロ版でなく、この画報にリンクしていると解釈すべき(「追い出された」というのは鬼太郎と目玉親父が養父に気を遣ったと脳内変換しようぜ♪)。

 一方のガロ版『夜話』ですが。
 こちらも、一部のエピソードを抜粋する形で別冊少年マガジンに「特別編」として改稿掲載されました。それが『牛鬼対吸血鬼(おどろおどろ対吸血鬼)』と『ねこ屋のきょうだい』です。
『牛鬼対吸血鬼』は最後、唐突に鬼太郎が正気に戻るところで終わります(なお、既刊文庫のガロ版『夜話』では、このストーリが大幅に縮小されています)。
『ねこ屋のきょうだい』は少年マガジンということを意識したのでしょう。寝子が地獄に堕ちずハッピーエンドです。ちなみに、ここで鬼太郎父子と同居している会社員は水木そっくりですが、まったくの別人。なにせ、ねこ屋が『夜話』とは違い、京都の老舗となってますから。

 これら別冊少年マガジンの「特別編」を読みたいなら。
 完璧主義の『漫画大全集』を別とすれば、講談社コミックス『ゲゲゲの鬼太郎』第1巻がベストの選択でしょう。三話とも入ってます。

 というわけで。
『漫画大全集』の『夜話』を持っている妖之佑は買いませんが(でも、ちょっと欲しいかも)。
『決定版夜話』は要注目の刊行だと思いますですはい。



 ついで話。
 鬼太郎の隻眼について。

 ご存じのとおり、鬼太郎は片目が無く、その空っぽの眼窩に普段は目玉親父が入っています。
 で、この隻眼。
 映画『鬼太郎誕生』では、生まれたての鬼太郎は既に隻眼。
 一方、ノイタミナ枠の『墓場鬼太郎』では、這い出てきた赤子の鬼太郎を水木が気味悪がって振り払い、その勢いで片目を墓石に打ち付けた、となっていましたね。
 この違いはなぜか。
 実は、貸本版『幽霊一家』でも、ガロ版『鬼太郎の誕生』でも、鬼太郎は生まれつき隻眼です。
 ただ、原稿料をちっとも払わない兎月書房を水木しげるさんが見限って移籍した先の一つ、佐藤プロダクションにて、実は鬼太郎の誕生からを仕切り直しているのです。そこでの鬼太郎は両目でした。それが、怖がった水木のせいで片目を潰してしまったという経緯。
 ノイタミナは、この佐藤プロ版を元にしたのでしょうね。

 鬼太郎が元々は両目というのは、鬼太郎サーガにおいては、むしろ例外です。
 基本、鬼太郎は生まれついての隻眼であり、それは母体に影響されたと考えられます。
『幽霊一家』や『鬼太郎の誕生』では(おそらく)母親の遺伝。
 また映画『鬼太郎誕生』では、****のため。
 そう私は解釈しています。



 もう一つ、ついで話を。
 鬼太郎の育ての親である血液銀行社員の水木は、水木しげるさんの分身なのか否か?
 貸本版『幽霊一家』での初出では実は「秋山」さんだったそうで。それが話が進むうちに「水木」になっていたとのこと。つまり、最初に描かれた時点では、分身説は成立しえないわけですね。貸本版の続編には漫画家「水木しげる」や「水木さがる」が登場しており、こちらは明らかに水木しげるさんの分身です。よって貸本版とガロ版の水木は分身ではないと結論付けられます。
 反面、映画『鬼太郎誕生』の水木は、子供の頃に知り合いの婆様から妖怪知識を植え付けられたこと、戦争体験、上級国民に対する怒りなどから推察するに、水木しげるさんの分身としてスタッフが設定したものと考えられます。だからこそ、ゲゲ郎(仮)との絆も生まれたわけですね。