望 (旧暦 神無月十五日、下元)

 犬神明あるいは神明の愛車、ブルーバードSSS は何型か?
 巷では 510型(俗に「箱ブル」)が定説になっていますが。
 作中では型式について一切、触れてないんですよね。
 なので確定ではないと思っています。つか確定なんてしてねーし!

 アダルトウルフガイの一作目『狼男だよ』(1969年)では「ドブネズミ色のブルSSS」と呼んでました。この時点でのブルーバード“現行車種”は確かに 510 です。
 ただ、その後の作品では必ず「オールドファッションの」が冠として付きました。ここに引っかかりを感じているのですよ。

『狼男だよ』改竄事件によって干された平井和正さんが復活したのは所謂「少年ウルフガイ」で、その流れで「アダルトウルフガイ」も再開できた。それが 1973年のこと。
 時系列だけを見れば、確かに二作目『狼よ、故郷を見よ』(1973年)のとき、510 はすでに製造販売が終わっていますので、「オールドファッション」という表現は、まちがっていない。
 ただね。
 ブルーバードは 1971年にフルモデルチェンジを受けて、610型(ブルーバードU、通称「サメブル」)になりました。にも関わらず、あまりの人気で 510型も引き続き 1972年まで並行販売されたという希有な車種なのですよ。
 一年前まで販売されており、なおかつ大人気の 510 を販売終了の翌年に「オールドファッション」なんて言いますかねえ?
 ついでに申しますと、510ブルのデザインは「スーパーソニックライン」と銘打たれ、革新的な外見だったのです。しかも、日産で三角窓を廃止した、ほぼ最初じゃないかな(見落としてる人もいるかもですが、箱スカには三角窓がある)。納車された 510 をダンナがドヤ顔で嫁さんに見せて「何このハデな車は!」と叱られた、というエピソードが旧車専門誌に載ってました。
 なので、犬神明の愛車を 510 とした場合、「オールドファッション」という台詞が矛盾に感じられてしまうのです。

 言うまでもないことですが。
 510 はブルーバードSSS の初代ではありません。その一つ前、411型にも SSS がありました。
 この 411 、マイナーチェンジ前の 410型(一部の層に「銭ブル」と呼ばれるアレ)がピニンファリーナによるデザインで、発売当初からファッショナブルだと話題に……なりませんでした残念ながら。「尻下がり」とバカにされたそうです。同じ時期のセドリックも尻下がりで不人気。当時の日本では、イタリアン・デザインは好まれなかったようで(尻下がりも平成なら理解される。初代コペンという実例がありますからねー♪)。
 411 で多少のデザイン修正を受けましたが、根本的解決には程遠く。
 SSS とは関係ありませんが、さらに先代の 310~312型は所謂「ダルマ」(『美味しんぼ』近城カメラマンの愛車)で、デザインの古さも、さらに強烈。
 なので余計に、510 へのフルモデルチェンジが衝撃的だったのは、まちがいないところだと思います。つまり、当時の 510 は車ファッションの最先端だったのですよ。ブッ跳んでたんですよ。

 411SSS は尻下がりのダサいデザイン。
 510SSS はスーパーソニックラインの格好良さ(遺憾ながら珍走組も好んだ)。

 どちらが「オールドファッション」という台詞に相応しいでしょうか?

 よって妖之佑は、犬神明の「ドブネズミ色のブルSSS」は、411型だと考えます。
 平井和正さんご本人のお言葉が出てこない限り、この説を変えるつもりはございません。

 ちなみになんですが。
 411型のブルSSS はエンジンがR型で、これは同じ時期に出ていたフェアレディ1600 や初代シルビアと同じ物なのです。OHVながら、かなりのショート・ストローク&オーバー・スクウェアで、510 の L16 よりも高回転向きのエンジンでした。
 キャブレターもSUのツインという同じ装備。
 なので、見た目は尻下がりのダサダサなセダンながら、当時としての戦闘力は、かなりあったかと。
 ま、それを軽く凌駕したのが 510型SSS だったんですけどね。

 411SSS はレースに出ておらず(1300cc の 410SS はサファリ・ラリーでクラス優勝)。
 510SSS はサファリ総合優勝。それをネタにした映画『栄光への5000キロ』で世間に周知。
 しかも映画の元ネタは、410SS がクラス優勝した 1966年のレースという衝撃の事実(苦笑)。

「地味な大衆車の中身だけを高性能に改造して、スポーツカー連中の度肝を抜く」という犬神明の欲望に照らすなら、派手な 510 よりも注目されない 411 のほうが適任だと、やっぱり思うんですよね。

 ついで話。
 当時の日産(ダットサン)は、箱スカ、初代ローレル、そして 510 と、攻撃的な直線デザインにこだわっていた節がありますね。
 で、フルモデルチェンジで、ケンメリ、ブタケツ、サメブル、さらには実質的な 510 の後継車と言える 710(初代バイオレット)と、揃いも揃って流線型で攻めてきました。
 ファッションを作ろうとしてたのかなあ。傾向は適度にバラけさせたほうが効率的だと思うんだけどなあ。