月遅れ迎え火 (旧暦 文月三日)

 『1日外出録 ハンチョウ』
 『1日外出録 ハンチョウ』1〜4
  福本伸行・萩原天晴・上原求・新井和也/ヤンマガKC


 アニメが展開中の『中間管理録 トネガワ』とともに、『カイジ』スピンオフの片翼を担う作品ですね。
 前々から気になっていたのですが、ついに我慢できなくて買ってしまいました。

 主人公は、本編でカイジを45組に陥れて苦しめ抜いた悪役・大槻班長
 彼が、イカサマなどで稼いだ大金を使い手に入れた一日外出券でシャバを楽しむ。要するに、普段は仕事に追われる中年男の、ささやかな休日を描いたものと解釈すれば、ほぼ正解ですね(笑)。
 実際、この作品での大槻は、第一話こそ性格の悪さを発揮しての残酷な酒盛りをしましたが、それ以外は基本、如何に貴重な休日を楽しむか、という庶民にとっての重要なテーマを扱い、提案してくれます。ある意味、某・個人輸入雑貨商の中年男さんの独りメシと相通ずるところがあるかとも思います。

 それだけでなく。
 カニチャーハンの話とか、ねぎトロ丼ねぎ多め+うずらの卵+豆板醤の話とか、陽子ちゃんの話とか、カレーの話とか、首脳会議の話とか、おっさん四人で遊ぶ話とか、跡継ぎ問題の話とか、とにかく大槻のことを好きになってしまいそうな自分が(笑)。
 しかも、本編ではウザくて憎たらしいだけだった沼川と石和も、愛嬌があり愛おしく。
 こっち先に読んでから本編に移ったら、大槻の生活を叩き壊したカイジが大悪党にしか見えなかったかもな(爆)。

 ↑でも少し触れましたが。
カイジ』のスピンオフではあるのですが、この作品の軸は、たぶん、普段は見過ごしている「さりげない幸福」を発見すること、なのではないかと思います。
 秋刀魚の話が判りやすいかもしれません。超高級秋刀魚料理を楽しんだ三人組ですが、沼川が「もう地下のメシに戻れない」と大槻に恨み言。それに応えての大槻の台詞が光っています。まさに禅の境地。
 この点については『トネガワ』と比較するのも面白いかもしれません。帝愛の大幹部・利根川は、大槻とは比較にならない贅沢な暮らしをしているはずです、衣食住すべてにおいて。しかし、利根川は常に会長のご機嫌取りに右往左往。少しでも隙があれば会長の逆鱗に触れるという緊張感。まさに二十四時間を闘っている。一方の大槻は、数ヶ月に一度とは言え外出中はストレスなくB級グルメを満喫、監視の黒服をお抱え運転手扱いというフリーダムさ(笑)。はたして、どちらが本当の幸福を享受しているのでしょうか。

 愛知県民としては、名古屋の話も興味深かったですね。
 ホテルマンさんの言う「名古屋は独立国家」という説は面白い。ただ、それを言うなら、大阪も独立国ですよ。
 違うのは、大阪が東京という仮想敵国を意識して常に臨戦態勢なのに対し、名古屋は「他所は他所、ウチはウチ」とマイペース、というところです。昔、デーモン閣下が全国ミサの印象として、例えば大阪で「おまえら東京に負けてるぞ」と煽ると会場のテンションが上がるのに、名古屋ではその手が通じない、と言っておられました。「名古屋は、どことも競う気がない」というのがデーモン閣下の結論。つまりね、ホテルマンさんの言葉を補うなら「名古屋は永世中立国家」なのですよ。

 そうそう、牡蠣の名誉のために。
 作中では、まるで牡蠣が生態としてノロを持ち合わせているかのような扱いでしたが、あれは誤解を招く。
 ノロは下水に混じって処理場に行き、そこでの“難を逃れた”ノロが海にまで出る。つまり、海水の中に生きる海鮮すべてノロを含む危険性があるのです。牡蠣に限ったことではないし、牡蠣が特に多いわけでもない。もしも牡蠣だけが多いのなら、何かしらの形で厚労省が動いているはずです、レバ刺しのように。

 あと、大槻が不眠に陥った話で、対策として足指セパレーターを使っていましたが。
 あれは、ダメです。
 足指セパレーターの気持ち良さはストレッチの快感なので、そのまま寝てはダメです。ストレッチの姿勢のまま寝たら、えらい事になる。それと同じです。良い子は真似しないように。

 4巻までで一番、印象に残ったのは、やっぱり“宮本ダムの崩壊”ですね♪
 あれは作画さん渾身の1カットだったと思う♪♪