月遅れ盆 (旧暦 文月八日)

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 『墓場鬼太郎』全六巻
  水木しげる/角川文庫


 かつてノイタミナ枠で放送されていた深夜アニメの『墓場鬼太郎』を観て、ショックを受けた鬼太郎ファンも多くいることでしょう。
 その原作にあたる作品群が、これ。貸本漫画時代の鬼太郎であり、所謂“鬼太郎サーガ”のほぼ原点です。本当の原点は紙芝居なのですが、そしてさらに、子育て幽霊(飴屋の幽霊)を元にした紙芝居『墓場奇太郎』(水木さんは、この作者から使用許可を貰った)という源流もあるのですが、物語としての始発駅は、この『墓場鬼太郎』のシリーズでまちがいないでしょう。
 少年誌以降のが白い鬼太郎なら、こちらは黒い鬼太郎ですね。
 この鬼太郎は人に対して好意的とは言えません。むしろ疫病神レベルで危険。鬼太郎親子に関わった人の大半は、敵対せずとも不幸になります。生まれ落ちてすぐに衰弱死しかねなかった鬼太郎を親切にも育てた水木という青年ですら、その母親ともども不幸になります。鬼太郎親子は、人に道徳や礼儀や親切を求めるくせに、自分たちは人に冷たくて利用するだけ、下手すりゃ悪意を持って人に近づくという身勝手さです。えんがちょ切りたいですよ。
 ただし、発表する出版社を転々とするにつれ、鬼太郎は丸くなっていきます。そして少ない報酬で人助けまでします。これが、後の『ゲゲゲ』に発展するきっかけだったのかもしれませんね。

 鬼太郎が隻眼である理由は、この貸本版の一作目でも、はっきりしません。鬼太郎は生まれ出たとき、すでに隻眼でした(後の雑誌掲載版でも理由不明のまま)。
 ただ、貸本出版社を渡り歩く中の一つ、佐藤プロダクションから出た作品にて本編前の導入部分で鬼太郎の誕生をおさらいしており、そこでは、赤子の鬼太郎を水木が振り払った勢いで鬼太郎は墓石に顔をぶつけ目が潰れた、という描写があります(アニメは、こちらを元にしたと思われる)。
「誕生」を描いた数ある ver. の中、墓石 ver. は一つだけであり、つまりは少数派。基本的に鬼太郎は生まれながらに隻眼だったと考えられます。
 隻眼の理由が描かれていない ver. では、鬼太郎の母親も隻眼です。墓石にぶつけた ver. では母親に両目があります(糸目ですが)。
 このあたりから推測すると、鬼太郎の隻眼は母親からの遺伝なのかもしれません。

 この作品には、ねずみ男も登場しますが、当初は『ゲゲゲ』とは一味も二味も違っています。
『ゲゲゲ』でも怪奇趣味があると自分で言いますが、その怪奇趣味はお金がらみです。
 ところが『墓場』のねずみ男は、せっかく手に入った大金をすべて使いきってでも、怪奇なものを作ろうとします。道を究めるために貧乏している感じですね。
 まあ、そんな特徴も、鬼太郎が丸くなるにシンクロしてか、『ゲゲゲ』で見られる性格に近づいてくんですけどね。

 これに登場する寝子(ねこ)という少女は猫娘の原型とされ、劇中で「猫娘」と呼ばれもしますが。
 でも寝子は人間です。猫憑きなだけの人間です。半妖ですらない。
 なので、『ゲゲゲ』での猫娘とは、完全に区別して考えるべきでしょう。

 そうそう。
 第1巻の巻末あとがき、水木翁による兎月書房(『鬼太郎』の原稿料を支払わず、それに怒った水木さんが移籍すると、別の漫画家に『鬼太郎』を描かせるという暴挙に出たことが語り草になっている芳しい会社。ちなみに別人が描いた『鬼太郎』の出来は、荒俣宏さんによると「違いは歴然」とのこと)社長評が痛快です。あそこまでズバリと言うかー。
 毒舌と言えば、作中でも、かつての東京五輪を皮肉ったり、大スターを皮肉ったり、あるいは「先生」という敬称を完全否定したりと、なかなかでございます♪