一粒万倍日 (旧暦 閏如月廿五日)

 
 『1978年のまんが虫』
  細野不二彦/ビッグ コミックス スペシャ


 いろいろと感ずるところの多い作品でした。

 フィクションということで、細野さんの「自伝的作品」とされてますが。
「的」を付けながらもたぶん九分九厘、自伝つまり真実なんでしょうね(笑)。

 以下、ネタバレも含みますので、畳んでおきます。


 つか。そもそも、スタジオぬえの四名様(「ぬえ」の命名って、そーゆー意味だったんだ。嗚呼、自分は無知だ無知だ)や、ご学友だった河森さん美樹本さん大野木さんらを実名で登場させてる時点で「フィクションであり実在の人物や団体とはうんぬんかんぬんあーたらこーたら」は崩壊してますよ(爆)。
 中では、高千穂社長の悪役面がすばらっ。あれ、パンツの中に栓抜きとかメリケンとか隠し持ってる顔だよ♪
 河森さんの顎の反り具合もいいなあ。

 シーンは少しですが、ダーティペアのモデルである例のお二方が登場するというだけでも読む価値あるかもね。
 社長にタメ口とか怒鳴りつけたりもですが、安彦良和さんに教育的指導するとか、あの手塚先生に直角のお辞儀をさせるとか、さすがケイのモデルだけのことはある! すげえ。

 細野さんが、ぬえの社員だったというのは、サンデーコミックに収録された『恋のプリズナー』に添えたご本人のお言葉で存じあげてましたが。
 マンガ少年がデビューだったとは知りませんでした。そうか、『クラッシャージョウ』のコミカライズだったか。これは失礼しました。いや無知で、お恥ずかしい。

 そう。マンガ少年と言うか朝日ソノラマ。あの頃のソノラマは凄かった。
 マンガ少年では、手塚先生の『火の鳥』、松本零士さんの『ミライザーバン』、石川賢さん(+辻真先さん)の『聖魔伝』、御厨さと美さんの『NORA』などなどの有名処だけでなく。
 ますむらひろしさんや高橋葉介さんを輩出した雑誌でもあるのです(ますむらさんは厳密にはジャンプの手塚賞デビューでガロでも少し活動した経歴がありますが、定着したのはマンガ少年)。
 ぶっちゃけ、ますむらさんと葉介さんのお二人を育て上げただけでも、マンガ少年の功績はメガ大きいですよ。
 ソノラマ文庫のドル箱タイトル『クラッシャージョウ』の高千穂さんも新進気鋭だったわけですし。
 ただソノラマ文庫は、例の鬱鬱鬱な小説版『ヤマト』がねぇ……。まあ、最初期のソノラマ文庫はアニメのノベライズ的レーベルでしたからね。『クラッシャー』は例外中の例外だった。
 ソノラマ文庫が本領発揮するのは 80年代に入ってからですね。小説版『ガンダム』とか『ボトムズ外伝』とか『エリアル』とか『D』とか『キマイラ』とかとかとか。90年代でも、SF界の外では失礼ながらメジャーとまでは言えませんが、秋山完さんとか谷山由紀さんとか凄い人々を輩出し続けてました。
 ホントに、なんで消えちまったんだ? ソノラマ……。

 で、話戻りましての 70年代後半。
 説によって違いますが、いちおう『アトム』などの頃を第一次とするなら。
 70年代後半は第二次アニメブームとなります。『ヤマト』『ルパン』『ガンダム』ですね。
 うん。不思議なことに 70年代前半の永井豪作品群は、アニメブームの時期に入らないんですよね。『マジンガー』『ゲッター』『ハニー』『デビル』と。本当に不思議です。
 うん。余談でした。
 で、70年代後半は第二次アニメブームと並行して日本における第二次SFブームでもあると個人的には思っています。そう、あの『未知との遭遇』と『スターウォーズ』です。この二つは『ヤマト』の続編である『さらば』にモロ影響を与えましたし、『ガンダム』なんて何から何まで『スターウォーズ』のモロパクです(貶してません、これでも誉めてます)。
 こんな凄い時代に、ぬえという凄い集団に揉まれたんですから、元々が才能のあったうえに努力家の細野さんがデビューできないはずがない。
 いや、フツーのメンタルなら揉まれて叩かれて結果、潰れてますよ。(;^_^A

 凄い時期に凄い人たちと関わりを持てた。
 それが細野さんの幸運だったのでしょうね。

 一方で、ご家庭の描写には、あるいはフィクションが多いのかもしれません。こればかりは読者としては判断のしようがない。
 ただ。
 主人公・細納(さいの)の父親氏については、すんごく共感させられるところがありまして。
 日頃の不摂生で体を壊し、入退院を繰り返し、医師の指示にも従わずこっそり酒屋で角打ちするわ、栄養管理された食事が不味いと家族に文句を言い続けた挙げ句、内緒で買ったパンを布団のうえで隠れ喰いしてて窒息……。
 いや笑えない。ウチの父親と、ほぼ同じルートです(ウチの父の場合は入院中でしたけどね)。
 火葬のシーンは、本当にあのとおり。焼き上がったのを見せられて、初めて「死」を突きつけられた感じで。実際には、あれに加えて熱波があるんですよね焼きたてだから。それでダメ押しがくるんだな。あれは本当にきつい。

 さて。
 この作品を読んで思い出さざるをえないのが。
 同じく細野作品の『あどりぶシネ倶楽部』(80年代半ば)です。スピリッツに連載されて、コミック本は全一巻(本の写真載せたかったけど、部屋の奥に入り込んでて取り出せない……)。
 これは大学の映研に籍を置く学生たちと、ついでに彼らと関わりを持つゲストキャラたちも含めての、創作・表現を目指す者たちの苦悩を描いたお話です。
 なので、↑の自伝的作品と根っ子はたぶん同じです。こちらは少なくとも登場人物に関しては完全なるフィクションだと思われますけどね。いちおうの主人公はテンプレですし。天才肌の副主人公は美少女みたいな外見の♂で、ついでに父親と反目中ですし。部長は納得のいく映画を作るためにわざわざ留年したオネエですし。部の便利屋担当は大学に入る前は裏モノと関わってた怪しい野郎ですし。
 それでも、連中のあれこれは共感できる部分も多い。もちろん「違うだろ」と思うところも多々ある。それも含めて古い言いかたしますと「青春物語」。
 細野さん、デビュー前後の二十歳あたりに本当に悩みに悩んだんだろうなあ。
 苦悩とは言いましたが、読んでて決して鬱にはなりません、大丈夫。そこが作者の技なんでしょうね。

 細野さんの完全オリジナルとしてのプロ処女作と言える『恋のプリズナー』は、同時期のサンデー新人作品の中でダントツの上手さだったと思います。
 比べてしまうと、あの高橋留美子さんの『勝手なやつら』は、まだまだ素人臭さがあります。
 六田登さんの『最終テスト』も絵がメチャクチャ上手いんだけど、漫画としては描き込みが過ぎててゴチャゴチャしてたし、ついでに絵柄がジョージ秋山さんの模倣から抜けきってなかったし。
 やっぱり、デビュー作品については細野さんがダントツだと思うです。

 ま、高橋さんが『うる星』で本性見せるんですけどねー。
 ったく、『勝手な』から『うる星』で凄い進化してるもんなー。

 それと。
 あらためて、ぬえって凄いんだなあと再認識しました。はひ。