不成就日 (旧暦 霜月廿一日)

 あくまでも個人的な物差しなんですが。

 装飾目的やコレクション目的を排除して、単純に筆記具として見た場合の万年筆の上限価格は十万円付近である。

 と思うのです。
 実際、ペリカンのフラッグシップである M1000 は余裕で十万円を下回りますし、パーカーの看板を務めるデュオフォールドもモンブランの旗艦 149 も何とかセーフ。
 国内を見ても、パイロットのカスタム URUSHI はチョイ手前。セーラーのキングプロフィット エボナイトがガチでギリギリ。
 この価格を上回ると、彫刻だの象眼だの蒔絵だの宝石貴金属だのコラボ限定だのという方向での付加価値ばかりが目立ちます。例外はナミキのインキ止め式くらいですね。

 さて、こんな中。
 セーラーが怪しくなってきているんですよね。
 他社の子会社になってしまったのが影響したのかどうか知りませんが。
 ここ二年で二度も値上げしている。しかも、今年の値上げ幅がハンパない。
 結果、余裕で十万を下回っていたキングプロフィットが瀬戸際。同じくエボナイトはギリギリ徳俵で残ってる。ともに、この夏に三万円近くも値上げしたんですよ。公式の理由として「金の高騰」を挙げてまして、それは理解できるんですけどね。ただ、そんなんパイロットもプラチナも同じであって、セーラーだけ値上げ幅が凄まじいのがもう。
 なので、パイロットやプラチナに並ぶセーラーの同格品が今は値段だけ一つ上のクラスになってしまってます。
 経済的事情があっても、これはさすがに悪手だったんじゃないかと心配してますよ。実際、妖之佑はこれによってセーラーの万年筆を買う気持ちが失せてます。製品そのものに魅力があっても……ねぇ?

 そこにもう一つ、セーラーに対する不満感がありまして。

 セーラーの売りの一つであり、妖之佑の憧れでもあった、「長刀研ぎシリーズ」と銘打つ特殊なペン先。
 これは、2015年あたりから受注停止していて、技術者の後継育成に専念していたそうなのですが。
 その後継者が育ったということでしょう、三、四年前から再開したのはいいのですが。
 お値段がね。もう話にならない。
 停止前の長刀研ぎは、言ってみればオプション扱いで、好きな万年筆を長刀研ぎシリーズのペン先にしての注文という形でした。その上乗せ価格はノーマルに対して数千円から一万円ほど。なので、例えば二万円の万年筆を長刀研ぎで、となれば行っても三万円以内で済みました。
 それがです。再開した製品は「長刀研ぎ万年筆」です。ペン先の選択肢でなく、長刀研ぎのペン先が着いた製品です。軸の色も黒だけです。これだけです。他にも「クロスポイント万年筆」だの「クロスミュージック万年筆」だのと、ペン先の名前が製品名となり、以前のように好みで組み合わせを選べなくなりました。
 しかも高い! 「長刀研ぎ万年筆」が税別五万五千円。外見と寸法を見る限りボディはプロフィット21 の流用と思われます。そのプロフィット21 との価格差が三万円。2015年からの年月経過に応じての物価スライドを考えても、かなりの高騰ぶりです。何せ二万五千円のプロフィット21 の倍を超えてますから。
 それが今年の値上げで一気に七万円となりました。プロフィット21 も三万円に上がって、その価格差なんと四万円に広がる!

 話は、これだけでは終わりません。
 再開した長刀研ぎシリーズは、当然のこと後継者さんの手による物です。
 で、受注停止以前は、名人級のベテラン職人さんが研いでおられました。
 つまりです。完成度すなわち品質に差があるのは、まちがいないのですよ。
 受注停止以前を百点として、さて現行品は何点なんでしょうね。
 質が下がって価格は上がる。
 これで喜んで買うのは、成長真っ只中の後継者さんに応援のお布施をしたい人か、でなければただの**です。少なくとも妖之佑は現行の長刀研ぎをあの価格で買う気にはなれません。こんなん、後継者さんの技術熟成までをメーカーが「損して得取る」べき期間だと思います。なのに大幅上乗せする。
 ↑の例だけでなく。「キングプロフィット エボナイト」が十万円なのに対して「キングプロフィット エボナイト 長刀研ぎ」なる万年筆は、ビックリドッキリの十七万円でございます。ペン先が長刀研ぎになるだけで七万円も上がるものなんですか!? 訳判りません。
 まるで「長刀研ぎ」というブランド価値だけで荒稼ぎしようとしているかのようで、不愉快ですらあります。
 このままだと、セーラーの伝統である長刀研ぎがオワコンになってしまいかねない。と心配すらしているのです。
 メーカーの、あるいは親会社の再考を期待したいところではありますが……はてさて。

 で、妖之佑の選択は、と申しますと。
 ナガサワ文具センターという文具店の「小太刀」におちつきます。
 これは、↑に書きました、セーラーが受注停止するまで長刀研ぎに関わっておられた名人さんが退職・独立して興したペン先工房に、ナガサワが依頼して研いでもらっている、実質的に長刀研ぎと同じ物です。これを「ナガサワ」のブランドとして取り扱っている。小売店の外注品であるにも関わらず、本家セーラーの「長刀研ぎ万年筆」よりも確実にお安く買えます。しかもペン先の完成度は、手がける人の腕前を考えれば言うまでもなく。
 この「小太刀」、工房が個人経営なので供給ペースに限りはありますが、セーラーの「長刀研ぎ万年筆」も店頭在庫が潤沢というわけでもなさそうなので、お金持ちでない限りは、やっぱり「小太刀」一択ではないかと。

 繰り返します。
 わざわざ現行の超お高い「長刀研ぎ万年筆」を買う人の思考回路が理解できません。“お布施”としての意味なら判りますけどね。

 残る問題はクロスポイントなんですよね。
 これも憧れの超絶変態ニブ(褒め言葉♪)ではあるのですが、さすがのナガサワも、これの“そっくりさん”は扱っていない。
 となれば、妥協してバカ高い現行品(値上げで十万円だよっ)を買うか、現行品の中古を買うか、あるいは受注停止以前の品を探すか……とは言え、最後の選択肢は、そもそも品が見つからないうえに、あってもプレミア価格が乗っかるに違いないから厳しいな。

 何事も後れを取ると、こーゆーことになる。
 orz



 念のために申しておきます。
 長刀研ぎシリーズは世間で言われるほど究極至高なペン先ではなく、あくまでも変則的でマイナーな物であり、これが無いと日本語がまともに書けない、などということでは断じてありません。むしろ、人によっては、ただただ書き辛いだけの代物かもしれません。
 なので変に神聖視するのは危険だと思います。いや、私は好きなんですけどね。
 高けりゃ買わないスルーする。無くて全然困らない。
 という冷静な姿勢でいいと思います。
 実際、そのとおりなんですから。

 そもそもの現状、万年筆そのものが銀塩カメラや機械式時計などと同様にマイナーで、なおかつ、お金と手間のかかるカテゴリとなっています。
 その中のさらにマイナーでニッチな長刀研ぎを無理矢理の権威付けで、どうするつもりなのか。
 セーラーはホント、長刀研ぎの売りかたを考え直したほうがいいと思うんだけどなぁ。