これでトキワ荘の時代が完全に終わりましたか……。
「藤子不二雄」というのは、漫画家さんの共同筆名のさきがけでしょう。
しかも、後の完全分業しているコンビやユニットと違って、AさんもFさんも単騎で漫画家としてやっていけるだけのものを当初からお持ちだった。
なので、唯一無二のコンビだったと言える。
もともと、「藤子不二雄」名義の作品中、A作品とF作品とで大きな違いがありました。
いちいち相違を指摘はしませんが。藤子不二雄時代に発表された作品を挙げてみても、
A作品……怪物くん、ハットリくん、黒ベエ、仮面太郎、魔太郎、変奇郎、黒イせぇるすまん、猿
F作品……オバQ、パーマン、ウメ星デンカ、ドラえもん、21エモン、ジャングル黒べえ、キテレツ、魔美
(※ 今でも『オバQ』は合作とされていますが、実質的にはF主導作品と言えます)
その違いは明白かと。
訃報を伝えるNHKニュースにて、藤子不二雄時代の代表的作品として『海の王子』が挙げられていたことには感心しました。判ってる人がNHKにいるんだな、と。
『海の王子』はF作品でもA作品でもない、藤子不二雄作品の代表選手ですからね。原案者は別におられますが、漫画として作り上げる過程でF主導でもA主導でもないタイトルは珍しいのです。
この作品、キャラの造形にて善人をFさん、悪人をAさんが担当なさっていました。後々のコンビ解散してから前面に出すようになったそれぞれのカラーが如実に顕れていると思いませんか?
SF作家・平井和正さんは「ゴルフに熱中した売れっ子漫画家は堕落する」と言っておられました。
その法則に該当しなかった唯一の漫画家がAさんかもしれません。それどころか、ゴルフにのめり込んだ結果『プロゴルファー猿』が誕生したほどですから♪
生家が禅寺で、住職だったお父上の早世によって、ご家族全員が寺(家)から追い出されたという経験をお持ちで。
このエピソードで、「佛教の本山というのは血も涙もない冷たい所だ」という知識を得られました。サラッと佛教界の本性を明かしてくださったわけですね(魔笑)。
ストイックだったFさんですら六十代で没。
なのに、ゴルフだ酒だと遊んでばかりいた(笑)Aさんは米寿まで生きられた。
今でも人気漫画家さんの早すぎる死がしばしば伝えられます。
Aさんの生きかたは、今の漫画家さんたちの指針になるような気もしますね。