二百十日 (旧暦 文月十三日、迎え火)

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 『渡り鳥とカタツムリ 1』
  高津マコト/クランチ コミックス


 何と申しますか。演歌とか、あるいは昭和のホームドラマみたいなタイトルですね。
 いえ、バカにしているのではなく、きっとそういう空気を求めているのではないかと感じたのです。
 まあ、二つの単語は実は、主役二人の名前にかけているわけですが。

 車で旅して車中泊。憧れのシチュエーションではありますね。
 昭和の時代、『青空に飛び出せ!』という青春ドラマがありまして。青年五人組が仕事を辞めて理想郷探しの旅に出て、いろいろな人と出会い、また騒動に巻き込まれるというロード・ムービー的なお話。主役となるキャンピングカー「ピンキングカー」はマツダのライトバス。フロント・スクリーンの広い特徴的な顔です。
 この手の物語は多いものの、最古のパターンは、たぶん西部劇の幌馬車なんでしょうね。

 閑話休題

 本作のヒロイン・つぐみさんは、そんな大それた目的ではなく単に車での旅が好きなのと、仕事の取材を兼ねている、ごくごく普通の人です(たぶん)。その必然性でワゴン車を大改造、アルビレオ号ちゃんと名付けるに至っただけで(たぶん)。
 キャンピングカーを買わずに、ワゴンの改造で済ますあたり、本当に普通の感性だと思います。本格的キャンピングカー購入となると、小ぶりな中古ボロ住宅くらいかかるだろうからなー。
 対して、いちおう主人公ポジの雲平くんは、最初の旅は逃避行。二度目の旅は、逃避行中に出会った女性(つぐみさん)が忘れられず追いかけた、半ストーカー行為(苦笑)。困った野郎だ。
 ま……まあ、雲平くんは就職二年目でノイローゼ気味なので、そこは大目に見てあげようじゃありませんか。
 つーか、そもそも旅してる最中にSNSにリアルタイムでアップする、つぐみさんの行為が危険なんですよ。つぐみさんは車中泊で旅するだけあって平均よりは防犯意識の高いほうなんですが、そこだけは油断してますね。

 二人が出会ったパピー号のご夫妻は何歳くらいなんだろう。あれ、本当に素敵な人生だと思います。実行するには、かなりの思い切りが必要ですけどね。たぶん、これが究極で真の断捨離だと思う。巷の断捨離は、みんな偽物なんだよ。
 パピー号のポップアップ・ルーフは、マツダボンゴフレンディも採用してましたね。名称は「オート・フリー・トップ」でしたが。あの即席ロフト、憧れたよなー。

 見た目に反して、かなりの“大人”な、つぐみさんと対照的に。
 雲平くんは、いろいろとダメダメで。
 お得意様からの電話に「お世話になってまーす」と伸ばしてしまうとか。
 その電話で納品ミスを指摘されて、メール謝罪で済まそうとか。
 取引先への電話を、おにぎり喰いながらやるとか。
 就職してまだたった一年半だから、なのか。
 一年半経っても、まだそんなレベル? なのか。
 いや、ここは昭和だ平成だ令和だとか関係ないよ。

 まーねー。
 何となく実家の家業を継ぐのが嫌で。
 何となく実家のとは違う業界に就職して。
 で、何となく疲れてしまって会社が嫌になって。
 このあたりは、極々普通の若者ですよ。社会に出たてで人生の目標が見えてる人のほうが希少種。
 たぶん、この作品は雲平くんの成長物語を兼ねるんだろーなー。
 そこに、つぐみさんの身上を少しずつ明かすのを重ねる。と。

 余談となるでしょうが。
 雲平くんの上司の課長さんは、わりと良い人に分類できますよ。
 みんなが遊んでる連休中に仕事するのを「得した気分」と言ってしまうあたり、昭和の社畜根性が染みついてますがね。ここだけは雲平くんの反応に同意する。オイラも嫌だよ、こんなこと面と向かって言われたら、たぶん逃げ出すよ。
 若い頃から徹底的に仕事優先を刷り込まれているためにか、他者の価値観を理解できないんだよな、この手の人って(煙草の吸いかたからも、それがよく判る)。だから悪気ない分、対応が難しい。オイラは逃げること、つまり退職を選びましたけどね(ほぼ毎日が最終電車、もちろんタイムカードなんか無かったからな~…………)。
 これが逆に、自営業だと話が変わってくる。商売敵が遊んでる間にも仕事すれば、まんま儲かるから、これはまさに「得した」わけで。
 先々どうなるか判りませんが、もしも雲平くんが家業を再興したら、課長の言葉の一端を(課長の意図とは違う意味で)理解できるかもしれませんね。