不成就日 (旧暦 皐月五日、端午)

 ふたたび『河童の三平』について。

 あれから二ヶ月ほど。
 読み返せば読み返すほど、さらにまた読みたくなるんですよね。

 読み返しで感じたことをネタバレ含めて記しておきます。
 畳んで保護色にもしておきます。駄文ですので、お読みになってから怒らないよーに。



 ファンタジーとか冒険活劇とか表現した感想が多々見られますが。
 これは純然たるフォークロアだと思います。
 一見すると大冒険の「ストトントノス七つの秘宝」編も、紛れもなくフォークロアです。仲間の鳥が「じゃあグッドバイ」と、あっさり死ぬのも。やはり味方だった水の精や草たちが一切の余韻なしに次々あっけなく死んでゆくのも。ストトントノス大王のコンピュータが「死者を生き返らせることは不可能なのだ」と説くのも。また途中、立ちはだかった鬼の人生観や、助けてくれた大河童の死生観も。これらすべてフォークロア

 そんなフォークロア、とりわけ主要人物たちに如実に顕れていると思います。

 まずは主人公・河原三平について。
「五年か十年に一人か二人の人しか入ってこない」ほどの山奥(最寄りの小学校まで 10km 、貸本版では 20km )に在る河原家の十三代目。物語の冒頭で小学校に上がるので、満六歳と思われます。おそらく一人っ子。
 家族は祖父のみ。物語序盤で死亡。
 父親の三太郎は学者で、研究のために家を出て行ったっきり消息不明。この際、多額の金銭を親族から借りたままのため、一族からは詐欺師とされている。おじいさんの言葉によると、三平が乳飲み子のときに姿を消したようです。享年四十六歳なので、何と三平は四十のときの子ですね。研究熱心な学者ゆえ晩婚だったのでしょうか。
 母親は三平の学費を稼ぐために東京に出て行ったっきり「なしのつぶて」で「この五年ばかり、何とも言ってこない」状況。差し引きすると三平が一歳のときに上京したことに。
 とにかく、三平には両親の記憶が一切なかった。
 山中で再会した父親は病に冒されており、家に連れ帰ってすぐに死亡。
 東京で再会できた母親とは数日を一緒に過ごせただけで、帰宅することなく三平が死亡(後に幽霊として、家に戻って暮らす母親の様子だけは見ることができた)。
 とにかく家族運のない少年でした。
 河原家は立派な家屋と広大な山々を持つ農家で、しかも代々続く名家のようで、おじいさんは三平の不出来さを嘆き切腹して御先祖に詫びようとしたほど。つまり、かつては名字帯刀を許された豪農ということになるのかな。名主とか庄屋だったんでしょうね。それが時代の波に勝てず没落して、単なる“ポツンと一軒家”になっているのが物語での現状。
 そんな旧名家で三平は、おじいさんから厳しく育てられたようです。おじいさんに話すときは基本的に敬語ですし、そのときは正座ですし、六歳ながら畑の世話もでき、舟も操れて、竈で芋を蒸かすこともできる。でも、厳しいながらも、おじいさんの時折見せる優しい顔。両親のいない三平のことを常に案じてきたのでしょう。だからこそ、独りで何でもできるよう厳格に育てた。死神に終活を促されたおじいさんが三平にいろいろと話して聞かせる言葉の一つひとつが優しさに満ちています。
 親族は、時期によって近くで炭焼きをしている、おじさん夫妻のみが登場。この夫妻は、かなりの善人らしく、おじいさんを亡くして一人ぼっちで暮らす三平のことを気にかけています(お小遣いに三千円は、当時の物価を考えると、とんでもない大金)。あるいは時代柄、長男がすべて相続すべしという思想が染みついているだけかもしれませんが。これが今の世なら、弁護士を立てて相続問題を起こして、三平を引き取るふりして土地家屋を巻き上げて現金化、そのうえで三平を捨てるはずですからね(苦笑)。
 小学校に上がるまで山が遊び相手だったからか、学校で悪口を言われても、少しムカつく程度で基本スルー。笑いたい奴は笑わせておけ、という達観したスタンス。ゆえにか学校に友だちは、いない模様です。
 だからと言って穏やかな性格というわけでもなく。かん平やタヌキとは、よく殴り合いのガチ喧嘩をします。死神には「非人道的ないたずら」も(笑)。
 学力は、算数の試験が零点ということから察すべし。
 水泳を強制されて飛び込めば底に沈むほどのカナヅチ(これは後に、かん平の指導によって克服)。
 基本的に臆病者で、ストトントノス大王の秘宝探しの旅では、かん平によく叱られてました。
 秘宝を手に入れたことで、ストトントノス九世を襲名。オトトントノス九世を襲名したかん平とともに、河童族の救世主となります。
 そんな河童たちとの交流で人間離れした屁力を得ることに。これは屁道を追究する無臭老人が賞賛し、後継者に指名するほどのレベルです。
 河童の国の知恵者・カッパラス博士の触診によると、三平の皮下には皿と甲羅の痕跡があるので、河原家の先祖に河童がいたものと推測。ただ、カッパラス博士は、河童の肛門が三つで人間は一つだから合いの子の三平には二つくらいあってもいいはず、と言うほどに怪しい学者なので、触診もどこまで信用していいものですか。(;^_^A
 そもそも三平が学校で悪口を言われる原因が、三平の顔が河童の絵に似ているからという。そして実際、三平と、河童のかん平とは顔が瓜二つ。
 さらには、河原家の座敷に掲げられた代々当主の肖像の中に、いくつか河童っぽい顔があります。特に、皿のある三代目と、口がモロにクチバシの四代目(爆)。そのわりに、河原家に妙薬作りが言い伝えられていないのは不自然ですね。妙薬は三平の死後、三平の母親を案じたタヌキが河童の長老から教えてもらうのが初めて。
 結論として、三平が河童の血をひくとも、ひかないとも言いきれないわけです。

 うーん。
 ちっとも平凡じゃないんだけど。でも、三平は平凡な少年なんだよな、薄幸なだけで。
 これだけ非凡な環境に取り巻かれながらも、物語の空気は自然体のフォークロア。凄いもんです。

 次に、かん平。
 河童族長老の息子で、三平とそっくりの顔。
 これを利用して、地上に出て三平に成りすまして人間の文化を盗んでくるよう長老に言いつけられます。以後は、三平と交代交代で学校に通うことに。
 作者が混乱しているのか、最初に三平を拉致してヘソを取った河童が、かん平とも別の河童とも解釈できるんですよね。後では、かん平がヘソを取ったまま返さない、と三平に愚痴を言わせてはいるのです。が、かん平が地上への留学を命じられたとき三平を見て「僕によく似てるなあ」と驚いていたので、ここが初顔合わせという受け取りかたが成立してしまう。やはり水木さんが混乱しておられたのでしょうか?
 ともかく、河原家に住むようになってからのかん平は三平と仲良かったり険悪になったりと、不安定な関係が続きます。三平は三平で、死神に自分の死を予告されたときには、かん平を身代わりに死なせようと企んだほど(怖っ)。
 この微妙な関係は、秘宝探しの苦難を共に乗り越えてすら、最後まで変わりません。三平が幽霊になって帰宅しても驚きも悲しみもせず淡々と対応しており、タヌキが三平への感謝の念を熱く語るも「わからん」「俺は河童だ」と突き放すほどですから。
 長老の、あらためての指示に従って、三平の死後も河原家に住み続け、三平として小学校を卒業。役目を終えて、三平の母親とタヌキに別れを告げて河童の国に帰ります。このとき、三平の母親に情が移っていたかどうかは不明。たぶんですが、あっさり帰ってしまったことからすると、そこまで親しみを感じていたわけでもなさそうですね。母親への挨拶も、タヌキに促されてでしたし。
 長寿の河童ゆえ、そのあたりは割り切りが、はっきりしてるんでしょうか。

 お次はタヌキ。
 三平が八つ当たりで殴ったことをきっかけに腐れ縁ができました。
 それからは何かと三平にイタズラをしかけ、迷惑をかけまくる。
 ですが根っから三平を嫌っている風でもなく、三平が川で溺れたときには呆れながらも助けているし、三平の顔を牛の糞に押しつけた直後には、死神の暗殺計画から三平を救ったりもしているんですよね。
 その後は、かん平と違い、完全に三平の味方になり、特に、三平に付きまとう死神に対しては常に怒りと警戒を露骨に示すように。
 三平もタヌキだけが信頼できる親友と認識。家の留守を任せられるのも、かん平ではなくタヌキ。最後に、一人になった母親のことを頼む相手もタヌキ。涙を流して永久の別れを惜しむのもタヌキ。
 巻末解説にもあるのですが、タヌキの存在は三平の孤独感を大きく救っていたと思われます。おじいさんを亡くし「とうとう一人ぼっちになってしまった」三平が悲しむそばからタヌキがイタズラを仕掛けてきて、結果的に三平は悲しみに浸る暇がありません。タヌキがいなかったら、三平は毎日を泣いて過ごしたことでしょう。あるいは自棄を起こしたかもしれません。かん平では相談相手になりませんし、学校に友だちはいませんし、教師たち大人は身寄りのない小学一年生に国体優勝と五輪出場という身勝手な無茶振りしかしませんし、おじさん夫妻は炭焼きの仕事で忙しいし。でも、タヌキがいたから何とかなった。とにかくタヌキが問題起こしてばかりなので、三平は忙しすぎましたからね日々。
 信頼関係ができてからは、死神を叩き伏せようとするタヌキをむしろ三平が逆に制するほど、タヌキは河原家に思い入れを持ってしまいます。三平が死んだときも、劇中では描かれていませんが、一人で帰宅した母親を迎えてタヌキは、あれこれ雑用をこなしてくれたことでしょう。かん平は何もしてないな、たぶん。つか、母親が三平を捜しにもう一度上京すると言い出したんだから、三平の留守中は河原家に寄りつきもしてなかったはず。
 三平が逝ってしまってからは、さらに母親の世話をするタヌキ。長老から妙薬の製法を教えてもらい、その稼ぎを全部、母親に渡すという。それだけでなく、薬売りに便乗してきた死神の売り上げから半分を徴収する監視役まで。どんだけ義理固いんだか。
 最後に、かん平が去って以降も、タヌキは三平の母親と二人で、あの山奥の家で静かに暮らしたことでしょう。人語を話し二足歩行し腹鼓を打ち箸を扱うタヌキなので、普通の動物でないことは明らか。となると三平の母親よりは長生きするでしょうから、母親は安泰とした余生を過ごせたんじゃないのかな。
 夫にも息子にも先立たれ孤独となった母親ですが、その残りの人生をフォローするに充分なタヌキの情だと思います。彼がいてくれて本当に良かった。そう三平も思っていることでしょう。

 そして死神。
 巻末解説にもあるとおり、この作品での死神はキャラ的には「ねずみ男」です。常に欠食で悪食で、図々しくて、カネにがめつくて、躊躇なく嘘をつき裏切るし、ルール違反もしょっちゅうで、とにかく不潔。まとっているのがボロ布と褌のみで裸足というところも、それをまくると全身が南京虫あたりに喰われた跡だらけなのも、ねずみ男と同じ。まあ実際には順序が逆で、この死神を元にして、ねずみ男というキャラクターが生まれたわけですが。
『三平』の死神は「七○七号」で、このキャラ設定を受けての『サラリーマン死神』の主人公は「一○六番」。アニメ版『鬼太郎』の二期が「42号」、五期が「99号」とされているので、たぶん全員が別人だと思われます。顔みんな同じだけどね(笑)。六期のは性格も能力も違いすぎて、これこそ確実に別人だな。
 そんな死神は最初、三平のおじいさんをあの世へ引っぱりに登場しました。おじいさんの次は、三平の父親・三太郎。それでも成績不振なので、続いて三平を殺そうと目論みます。直接、手にかけようとしたのが二度、状況的に追い込もうとしたのが一度、それ以外にも水面下の計画だけは多数やっていたはず。本来、死神は寿命を迎えた者を閻魔様の所に案内するのが仕事のはずですが、七○七号は自分で殺してでも魂の数を稼ごうとする、とんでもない野郎です。
 最終的には、三平は死神の手にかかることなく事故死して(ただし、事故になるのを判ったうえで、そばで死神が黙って見守っていた可能性は大きい)、結果として死神のノルマに貢献するわけです。死神は河原家三代を連れ去り、河原家を滅ぼした張本人とも言えるでしょう。おじいさんを迎えに来たことを三平に抗議されたときに「俺が近づかなければ他の死神が来る」と言ってましたが、さてどこまで信用できるものやら。
 ところがです。それでも死神の存在は、この作品において癒やし的効果を持っているのです。
 考えてみましょう。
 死ぬのは怖いです。当然、怖いです。当たり前に怖いです。怖くないはずがない。
 ですが、あれこれ争いもしたけど顔なじみが死後の自分に付き添ってくれる。これだけでも、かなり恐怖感・不安感が軽減されると思いませんか? どこまで本気だったかはともかく、死神は三平のことを「親友」とまで言っていた。そんな男が付き添ってくれるのだから、閻魔様の所までの三平の旅も、そこまで怖くはなかったでしょう。おじいさんと父親の場合は死そのものを描かなかったから、そして主人公である三平の場合は顔なじみの付き添いがあるから、だからこそ、この作品での死が、そこまで悲惨に描かれずにすむ。
 人生は常に死が隣り合わせであると描いた作品なのに、死への恐怖が薄い。この不可思議な空気感は、死神の存在なくしては成立しません。
 とんでもない役者なのですよ、死神は。

 レギュラーとまでは言えないものの、準レギュラーであり、それなりに重要な働きをした魔女花子にも触れておきましょう(境港の水木ロードに、ちゃんといます♪)。
 デザインは、猫娘にかなり近いです。髪型が違うだけと言ってもいいかも。
 三平が国体に参加させられるために上京して泊まった旅館の女中をしていて、死神に殺されかけていた三平を助けてくれた少女。「まだ小学校にも入ってない」とのことで三平より歳下なのに、三平よりしっかりしている。両親は「いるけど人間じゃない」と、三平をびっくりさせる。
 本当に小学校前かよ、と思わせるのは、後に単身、三平の家を訪れ「おかあさんのいる所がわかった」と三平を東京に連れ出す行動力。五、六歳ほどの子が独りで「五年か十年に一人か二人の人しか入ってこない」山奥を訪問するだけでなく、今まで見つからなかった三平の母親をあっさり見つけてしまう。さすが魔女?
 ちなみにですが。死んだ三平を連れ去る際、河原家の神棚にある千円に目が眩んだ死神は寄り道に同意、三平の霊を東京から河原家まで連れて行くのですが。その行程が、東京駅から「列車を何度も乗り換えた終点の駅からバスで五時間…そこから三日も山の中を歩く……」というトンデモ御殿な距離なのです。未就学の女児が独りで行けるんかいっ!?
 実は「魔女」は名字で、父親ともども人間。ただし、母親は蜘蛛の町に迷い込んだせいで体の半分以上が蜘蛛になってしまっている。それで「いるけど人間じゃない」と三平に言ったわけですね。
 三平がその後、猫の町に拉致されて死んでからは、たぶん三平の母親の面倒を見てくれて、故郷に送り返してもくれたと思われます。考えたら、三平は花子に何も恩返しをしてないんだよなぁ。せめて幽霊のままでも挨拶に行けよな。
 この魔女一家だけは、例外的にフォークロアではなく怪奇でしたね。人間のはずの父親も、かなり不気味な人でございました(汗)。

 登場人物が人外なのに、やたらと人間くさいのは水木作品の特徴(であると同時に先駆者)ですが、『三平』は特にその傾向が強いです。
 だからこそ、ファンタジーでもなく怪奇でもなく、フォークロアだと思うのです。河童や死神が登場しても、けっきょくは自然に囲まれたド田舎の人間関係なんですよ。

 一つ余談です。
 三平の国体参加の話で、とんでもない人物が登場なさっています。
 妖之佑の記憶の範囲では、このおかたを登場させた漫画を他に知りません。
 水木さん、大胆すぎる。

 何度でも読み返すだけでは飽き足らず、他の ver. も読んでみたくなってきてます。
 なので調べて、自分のためにメモしておくのです。
 Wikipedia の記述によりますと。

河童の三平
 貸本漫画・兎月書房……紙芝居の再構築
  小学館クリエイティブ、角川文庫、水木しげる漫画大全集

『カッパの三平』
 月刊ぼくら・講談社……貸本版の描き直し
  水木しげる漫画大全集

河童の三平
 週刊少年サンデー小学館……貸本版・ぼくら版の描き直し
  ちくま文庫、中公愛蔵版、アイランドコミックスPrimo 、水木しげる漫画大全集

『カッパの三平』
 小学一年生・小学館……三平が死んだ後の、かん平を主人公にした完全新作
  小学館水木しげる漫画大全集

 ということらしいです。
 お高いけど「水木しげる漫画大全集」で揃えるのがベストと思われます。現行品だし、電子版もあるし。
 財布と相談なら古本も選択肢に入れればいいですね(プレミア付いてなきゃいいけど……)。
 オイラが買った、ちくま文庫は残念ながら何話か割愛されているそうな。orz