立春 (旧暦 睦月十一日、鍬始め)

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 『社畜サキュバスの話』
  ゲンツキ/MFC


 ノルマに追われる日々に疲れたサキュバスのリリと、ブラック企業に勤める黒木とが、たまたま出会い急速に接近、互いに癒やしを感じるハートフルなお話。
 と言ってしまえば聞こえは良いのですが。何か釈然としないものを感じました。
 で、何度も読み返して気づきました。

 この作品においては、サキュバスは淫魔ではなく夢魔。人間の望む夢を見せてやる対価として健康に障らない範囲で精気を貰うことを役目とし、一日に何十軒も“お得意先廻り”をしているらしい。ここで言う精気は“♂力”のことではなく「生命力」に言い替えられると思います。『ドラゴンボール』で言うところの「気」もしくは「元気」ですね。主人公リリの同期で友人でもある宝塚的美形サキュバスのシェトが女性相手専門の部署であることからも、それが裏付けられます。本来なら女性を訪れるのはインキュバスですし。
 で、劇中の台詞から、サキュバスの見せる夢は別に、えっちなものとは限らない。御馳走でもレジャーでも大金でも何でもいい。なのにサキュバスが淫魔と誤解されるのは、人間の側が、そっち系の夢を希望するケースが多いことと、そーゆー夢のほうが確かに精気の回収効率が良い、という事情からのものだそうな。まあ、サキュバスたちのコスチュームが肌色率高すぎるのも原因だと思うけど(苦笑)。
 ともかく、いちおうサキュバスたちが人間に与えるのは「見たいと思う夢」であり、しかしながら“お客”が夢の中で、えっちぃサービスを求めるから、その希望に応じざるをえない。というのが行間に見え隠れする構図。
 直接描かれてはいませんが、リリの疲れた様子と独白から、それがうかがえます。人間相手に単に「都合の良い夢」を見せてやるだけで、そこまで自己嫌悪に陥る必要なんてありませんからね。そんな日々をずっと送ってきたリリだからこそ、黒木の希望する純朴な夢に癒やしを感じて“通い妻”になったんだと思います。
 結果的にサキュバスの見せる夢がスケベ系メインなのは、シェトのスケコマシぶりや、上司・マハ課長が「おマセさん」な未成年者に「お灸をすえ」たことからも、明らかだと思います。仕事が性に合っている同僚や、割り切ったうえで要領良くサボッたりしている上司と違い、リリは、そんな職場環境を持って生まれた宿命だと無理矢理に納得しようとしていたのですね。そりゃ疲れるわけです。

 さて結論です。
 批判を覚悟で申しますと。
サキュバス」を「デリヘル嬢」あたりに読み替えると、しっくりくるんですよ、この物語は。
 なので、リリが「良質なDT」である黒木の言動あれこれに癒やされるのも、そりゃー当然と言うものです。
 あえて悪く言いますと、リリも黒木も自分の社畜な境遇を受け入れてしまい抜け出す気のないまま互いに傷を舐め合っている。最終話&おまけにて綺麗事でまとめてますが、読んでて釈然としなかったのは、ここが理由です。
 終盤、黒木は自主的に企画を提出し社員としてのスキルアップを目指しますが、そもそも勤めている会社がブラックなのですから、何ら解決にはなっていません。ブラック企業から逃げちゃダメなんでしょうか?

 まあ、そんな難しく考えずとも。ツンデレなリリさんの可愛らしさを楽しむだけで充分なんですけどね♪
 ちなみに、ドラム缶風呂に入るときは下駄必須な。常設するならスノコを円く切るなりして、ちゃんと木蓋をこしらえるべし。ここテストに出るから。



 以下は内容とは何ら関係ない、まったくの余談です。


 ついでなので、夢魔について少し私見など。
 いつからなんでしょう、サキュバスに仰々しい角と翼が付属するようになったのは? 悪魔の一種という解釈から、そういった外見が与えられたのでしょうが、そもそもサキュバスは悪魔なのでしょうか?
 ご存知のとおり、就寝中の人を性的に襲う夢魔(淫魔)には二種類あります。男性を襲うサキュバスと女性を襲うインキュバスですね。獲物をその気にさせるため、サキュバスは美女の姿を、インキュバスは美男の姿を取りますが、そもそも連中には姿形などありません。獲物である人間にそう見せている、錯覚させているだけです。チョウチンアンコウの頭にある光り物や、釣り用の毛針などと変わりありません。
 古い西洋画に描かれているサキュバスは、霧のようなものの中に辛うじて美女の顔らしきものが浮いている、そんな感じです。もちろん角も翼もありません。これはサキュバスに本来、身体というものがないことを表しているのではないかと思います。
 おそらくサキュバスインキュバスは人の淫靡な感情エネルギーを糧にしているのでしょう。感情を食べる魔物であれば、物質的には存在していない。映画『ゴーストバスターズ』(一作目)に出てきたのが、これにかなり近い描写です(レイの寝込みを襲った1シーンね)。
 サキュバスは男の精を食べているのではないか? という説もありますが、これに対する反論材料として興味深い説があるのですよ。
 淫魔は、まず男性のところに美女の姿で訪れ、その精を吸い取る。そして次に女性のところに美男の姿で現れ、先に得た精を女性の胎内に注ぎ入れる、というものです。つまりサキュバスインキュバスは実は同一の存在とする説。この説に則れば、せっかく取った精を放出してしまうのですから、目的は精ではない。なので人間の感情を食べているという考えも成立するのです。まあ定番の説は、人間の精を借りて繁殖行動している、というものですが。
 ともかく、サキュバスインキュバスが同一であれ別個体であれ、一連の淫魔の行動には知性が感じられないのですよね。何か本能的なもの、あるいは自動的なものと言いますか。なので、こいつらは本能で動くだけの相当に低級な魔物なのではないかと思うのです。喰って繁殖するだけの単純生物みたいな存在なのではないかと。
 サキュバスと交わった男性は腑抜け(日本的に言うなら腎虚)になり、インキュバスと交わった女性は懐妊しかも魔物を産む、とされています。ロクなもんじゃないのは、まちがいなく。淫魔の能力は獲物である人間を性的興奮に導くためだけに費やされる。一つの目的に特化したシンプルさ故、むしろ高性能で強力。こんなのに目をつけられたら、たまったもんじゃありませんね。桑原桑原。
 以上、あくまでも私見でございました。