末伏、大つち (旧暦 水無月廿日)

 九日の朝日新聞天声人語にて触れられていた「ひばくせい人」にまつわる話。
 もちろん『ウルトラセブン』の封印された第12話「遊星より愛をこめて」のことに他なりません。商業出版物にてサブタイトルすら書いてはならないらしいですね、版権元のスタンスでは。

 天声人語に書かれてあるとおり、最初に被爆者支援団体が噛みついたのは作品そのものではなく『ウルトラセブン』を特集した雑誌の記述に対してでした。
 第12話に登場したスペル星人に「ひばくせい人」なる注釈というか二つ名を(円谷の意向も確認せず勝手に)付けた。これが発端。そしてマスコミをも巻き込んで「被爆者を怪獣扱いした」という抗議の大波は円谷プロにまで及び、円谷側は謝罪、自主的に第12話を欠番とする、という結末に至ったわけです。ちなみに、聞くところによるとマスコミで先鋒を切って円谷批判したのは朝日だったとか何とか……。
 実にバカバカしい騒動であると断ずるのは、団体もマスコミも世論も第12話の内容を観ずして猛抗議・猛糾弾したということに尽きます。雑誌の記事のみを根拠に作品そのものを批判・否定した。なんか、今の「炎上」とレベル的に変わり映えしませんね。要するに稚拙。雑誌が勝手にやらかしたことであり、抗議する側が偏向・情弱であるという、この二重の理由で円谷が気の毒でなりません。
 まあ、当時の社会状況ってのが著作権にアバウトであり、作品解説本なんて著作権者の意向無視して独自解釈ってのが定番でしたからね。多くの怪獣解説本を出していた大伴昌司氏が、その代表選手かな(例の「ひばくせい人」命名の張本人という話も)。大伴氏は作品の公式設定にも関わってはいたそうですが、それと氏独自の設定とを混同して執筆してしまう癖があったらしく(セブンの脳は三つあるとか、セブンは数キロ離れたところで落ちる針の音が聞けるとか、セブンは数百メートルにまで巨大化できるとか、ね)。あるいは、この手の職にたずさわる人は良くも悪くも自己顕示欲が強いので、採用されなかった設定も公式だと信じ込んでいたのかもしれません。で、そんないい加減な経緯のものでも堂々と大手から出版できていた……昭和ですねぇ。

 話を大伴さんから引き戻しまして。

 妖之佑は第12話本編を観ています。
 また、大きな声では言えませんが(汗)、著作権に抵触する可能性のあるアップロード動画は巷にいくらでも存在しますから、ネット環境があれば今でも誰でも視聴できます。検索にコツが要るかもですがね。
 そのうえで言わせていただければ、そこまで騒ぐ内容ではない、ということに尽きます。むしろ今の時代に起こった炎上なら、容易に沈静化したかもしれませんね。それほどの、んー何と言いますか、「まあ怒る人は怒るかもだけど、そこまで大挙して騒ぐのって大人げなくね?」的な意見が大半を占めて、軟着陸するんじゃないかと。

 もう一つ補足・弁護しておきますと。
ウルトラマン』では、OPに怪獣名や星人名とともに、二つ名が載りました。「三面怪人ダダ 登場」とか「古代怪獣ゴモラ 登場」とかね。
 ところが『ウルトラセブン』では、この手法は廃止。それどころか下手すると星人・怪獣の名称が本編にすら出てこず名無しさんのまま終わったりもします。て言うか、本編にはセブンの技名も出てきません。「エメリウム光線」も「ワイドショット」も出版物が初出。「アイスラッガー」は挿入歌の歌詞にあったな。なので当然のこと「スペル星人」の名称も本編の台詞で語られたのみであり、もちろん二つ名はない。「ひばくせい人」という言葉など特撮映像作品『ウルトラセブン』の、どこにも存在しないのです。

 ここからは本編ストーリのネタバレとなりますので、反転しておきます。

 そもそも、スペル星人が新兵器の開発実験に失敗、自らの星を汚染してしまい被爆したことが事件の発端となります。
 スペル星人は自分たちの体を維持するために地球人の血液に目を付け、吸血腕時計を使って地球人女性から血液を採取する極秘作戦に着手、その過程で子供の血液のほうが、より目的に効果的と判明し、大々的な吸血作戦へと進みます。例の「ロケットを描いて宇宙時計をもらおう」キャンペーンですね。実に自分勝手な彼らの行動は、『スタートレック ヴォ イジャー』の醜き臓器強盗・ヴィディア人とよく似ています。
 で、まあこのキャンペーン作戦がウルトラ警備隊によって阻止され、なぜか自棄になったスペル星人は巨大化して暴れ、セブンに倒される……そこはフツー、それまで集めた血液持ってこっそりトンズラやろ?(笑)
 さて、この話のどこが広島・長崎をバカにしているのでしょう? スペル星人は広島・長崎ですか? 違いますよね。
 もうお判りでしょう。スペル星人の象徴するものは、マンハッタン計画です。マンハッタン計画関係者自らが被爆したら、という物語です。要するに「スペル星人=米軍」ということ。滅茶苦茶な例えをするなら、核実験で被爆し怪獣化したルーズベルトやグローヴスやオッペンハイマーが日本人の血液を盗みに来たお話なんですよ。
 第12話のストーリに批判的な意志が込められているとしたら、それは核開発への批判に他なりません。もっとも、兵器開発競争に対する批判ならペダン星人&キングジョーの話が、核開発批判ならギエロン星獣の話(「血を吐きながら続ける悲しいマラソンね)が、もっとしっかり作られてますけどね。
 ここでも不幸なことに。たしか妖之佑の見た大伴さんの解説記事には「地球防衛軍の兵器実験でスペル星が被爆した」とあったように記憶しています。もちろん本当はスペル星人が自らの実験で被爆した自業自得です。この記憶が正しければ(本がどこいったか判らん……)、本当に円谷にとってもファンにとっても大迷惑な出来事でした。大伴さぁん……。

 かつての大騒動の頃、円谷プロ同族経営の中小企業でした。全国の主要マスコミを巻き込んでの総攻撃に反論できるはずもありません。だから裁判も諦めたのではないかと推測します。
 ですが、今の円谷プロは円谷家とは無関係、それなりに大きな企業でしょう。て言うか親会社が控えているのですから、力もあると思います。
 そろそろ、解禁に向けて活動を開始してもいい頃合いではないでしょうか。それこそ有識者を集めての内々の試聴会でも開くなどして、冷静に内容で判断してもらう。それを少しずつ世論に広げていく。もちろん、被爆関係者にも、まずは途中で席を立つことなく最後まで冷静に視聴してもらう。そのうえで考えてもらえば、解決の糸口も見えるのではないかと思うのです。

 抗議活動の先頭に立った件の支援団体の人はジャーナリストだったという話も聞きます。もしそうなら、ジャーナリスト氏が一次情報(作品)に触れることなく二次情報(雑誌の特集記事)のみを根拠に大騒ぎしたことになり、これが本当であれば、さすがに姿勢を疑わざるを得ません。
 とにもかくにも影響力のある人が内容も知らんのに意見したらダメですよ。最近の炎上騒ぎあれこれも、ホントそう思う。

 最後に、権利者に無断で、第12話の動画が巷にアップされていることの是非について。
 もちろん権利者の意向を無視した行為であり、訴えられればアップした人は負けるでしょう、確実に。
 ですが、これは事実誤認からくる不当な作品弾圧に対する、アングラ活動ではないかと、妖之佑は解釈・理解しています。決して合法ではないが、心情的には応援したくなる行動。
 何せ、版権元が欠番としているのですから、他に作品内容を知る方法がない。内容を知らなければ、考えることも論じることもできない(内容を知らずに知ったかで論じた者どもが当時は、いたわけですがね)。臭い物に蓋をして知らん顔をするより、ずっと前向きだと思うのは、まちがってますか?