一方で、身も蓋もない話をしましょうか(笑)。
あなたが花の種を用意したとします。
花壇に良い土と肥料を入れて種を蒔きます。
いっぱい芽が出ました。すくすくと苗に育ちます。
さて。
このあたりで、やっておくべき作業は何でしょう?
そうですね。苗の間引きですね。
これやらないと花壇全体がダメになってしまいます。
さてさて、ここで想像を。
もしも、あなたに苗の声を聞く能力があったらどうなるか? 間引きできますか?
引き抜くたびにマンドラゴラよろしく断末魔でもあげてくれようものなら、やるのが辛いですよねぇ。
苗の声を聞けないからこそ間引きをできる、ということです。
何が言いたいかと申しますと。
神様は世界全体を見ておられる。そして世界全体にとって何がベストかを考えて事をなさる。
このときに、人間一人ひとりの声にいちいち耳を傾けられるでしょうか。
いえ、もちろん神様は、世界中の人間全員の声すら同時に聞く力くらい持っておられますよ。聖徳太子だって一度に十人の話を聞いたんですから。
でも、世界全体のためには個々の人間の都合など、いちいち取り合うわけにはいきません。↑の間引きと同じです。苗一本いっぽんの声など聞き入れるわけにはいかない。いちいち聞いてたら最悪、花壇が全滅します。
つ ま り 。
絵馬に合格祈願とか良縁とか書いたところで、神様の耳に入る前にフィルターで排除されますよ。
ってコト(爆)。
だって、神様は世界全体を良くしないといけませんから。そのためには、場合によっては人を踏み台にする、あるいは犠牲にすることも。
ノアの大洪水が好例ですね。あれは世界のために、ダメな人間を消すべく起こされた天変地異。
いや、本当に身も蓋もありませんね。(;^_^A
※ 神様は世界全体のためを思うので、個々の人の願いなど聞いたりはなさらない。
※ 神様は、すべての人の願い一つひとつ聞き入れてくださる。
どちらを信じるかは、あなた次第です!
まあね。
この、ある意味「矛盾」とも言える問題を解決するのが、多神教なんだと思いますよ。
最高神や幹部級はお忙しいから、その手の仕事は下位の神様が担当なさる。ということ。
佛教で言うなら、菩薩や天部がこれに相当します。如来は世界全体をご覧になる。そして菩薩、特に地蔵菩薩と観世音菩薩は衆生を助け導くために下界にすら降りてこられる。観音様は三十三のお姿を駆使して救済にあたられる。地蔵様は何と地獄を含めた六道すべてを巡回なさる(賽の河原で獄卒に虐められる子供たちを助けてくださる話は有名ですよね)。
実は、このお二方、すでに如来の資格をお持ちなのに、あえて菩薩の地位に留まっておられるのだそうです。「出世したら現場を見られなくなるから」ということですね。ありがたいことです。
天部は言わずもがな。「天」と付くかたがたは、ギリシャ・ローマ神話の神々に近いです。食欲も性欲も旺盛で、如来にはまだまだ程遠い。ですから、私たちの声が聞こえる距離におられる。
幸いなことに神道も多神教なので、絵馬に書いた願いは、ちゃんと神様に届いていますよ。どうぞ、ご安心を♪
だからかな。
唯一絶対神の宗教って、どこかよそよそしい感じがするんですよねぇ。
いえ、もちろん妖之佑の個人的な主観ですよ。だから怒らないでくださいな。