というわけで、触れておかねば。

 『遊民爺さん』
 『遊民爺さん』小沢章友/小学館文庫
 『遊民爺さん、パリへ行く』小沢章友/TBSブリタニカ
 『遊民爺さんと眠り姫』小沢章友/小学館

 NHK-FMクロスオーバーイレブン』のスクリプト中かなりの人気だったのが、津嘉山正種さんの怪演もあって、この『遊民爺さん』シリーズだったことについては、どなたも異論のないところだと思います。

 あえて誤解を恐れずに言ってしまえば、取るに足らないストーリではあります。
 簡単にまとめると、自らを「遊民」と名乗る言わば“究極のニート”である北川菊蔵さんを、その北川さんと腐れ縁を持ってしまった大学生である「ぼく」石丸哲郎くんの視点で描いたものです。
 あとがきから読み解くに、北川さんと哲郎くんの二人が一人前の社会人になる「ハッピーエンド」な「大団円」へと向かう予定のシリーズ、ということのようです。
 北川さんは芸術全般への造詣が深く美術、音楽、文芸、映画などなど何でもござれな評論家並みの蘊蓄を持っている芸術熱愛家のご老人。
 哲郎くんは、大学の講義をサボっては美術館の特別展示を見に行くくらいの美術好き学生。
 二人とも自己表現の方法を知らず、既成の作品を鑑賞・評価して満足しているという点では共通します。
 が、決定的な違いがあります。学生である哲郎くんは、これから表現の手段を見つけていくであろう人。一方の北川さんはと言えば一般論的には、もう手遅れな人。という違いです。
 この北川さんの“手遅れ”さが物語の悲哀を担うわけです。なにせ、芸術を偉そうに語るわりに、経歴も肩書きも地位も名誉も財産も友達も人脈も人望も、ついでに節度も辛抱もなく独り身で高齢者でスケベなのですから。そのうえ、ご本人、内心では地味に焦ってもいる。

 これを『クロスオーバーイレブン』で初めて聴いたときは、何とも思わなかったんですけどね。
 歳を経て、あらためて本で読んでみたところ、いや怖いの何の……。
 ロクに作品も書けず投稿もできず、ただ他人様の作品を読んだり観たりしては手前勝手なことをほざく。そんな自分と北川さんと、いったいどこが違うというのか? 自分の末路は惨めなものなのではないのか。
 怖いうえに情けなくなりますよ。orz

 北川さんは哲郎くんとの出会いをきっかけに、三巻を通して辛い目にも遭いながら自己表現の方法を模索していきます。
 哲郎くんは一巻の最後で就職し、二巻以降では新社会人として七転八倒します。
 著者・小沢さんの経歴を知ると判ることですが。実は二人とも著者の分身です。哲郎くんは、かつて悩み藻掻いていた頃の若かりし著者そのもの。そして北川さんは、「もしも文筆で身を立てられていなかったら?」あるいは「この先、仕事が来なくなったら?」という著者の不安と恐怖が具現化した姿。
 これでは怖くないはずがありません。その落ち着かなさ不安さが、この作品のキモなのでしょう。
 だからこそ、読者は続きを求めているのです。遊民爺さんの「成長」を確認して安心したいのです。

 そして、今回の『クロスオーバーイレブン』で、結果的にその期待は裏切られました。
 哲郎くんと北川さんの物語ではありませんでしたからね。

 これから先、読者の求めている続編は出てくるのでしょうか。
 何らかの形で出てほしいですねぇ。


 なお。
 第一巻の復刊に相当する小学館文庫だけは少し前まで在庫があったのですが(それで自分も買うことができた)。
 現在は三冊すべて品切れか絶版のようです。妖之佑も二巻目三巻目は古本で手に入れました。
 続編を期待するためにも、復刊してほしいですねぇ。