「金親」という四股名は憶えています。

 ええ、金親かねちか関。いかにも「お相撲さん」という体型の力士で、私は好きでしたよ。

 残念な事件ですねぇ……て言うか、現役最高位が十両で親方、しかも横綱白鵬関の師匠になっていたとは、びっくりです(朝青龍問題で嫌気が差し、大相撲を観なくなってからのことだ、たぶん)。
 いくら何でも、そりゃ無茶だろ。横綱十両では格が違いすぎます。相撲人として十両横綱に教えることなんて、はっきり言ってありゃしませんよ。

 聞くところによりますと、これ、当時の部屋の師匠の娘さんと結婚、つまり入り婿として義父から部屋を継いだ形なのだそうですね。
 あー、このパターンかー。



 以下、長文なので畳んでおきます。


 ご記憶のかたもおられましょうか。あの「双羽黒騒動」を。
 あの騒動において、双羽黒関も悪かったと思いますが、それ以上に指導責任者である立浪親方(当時)の責任が大きかったと今でも考えています。
 当時、ゴタゴタが報じられてからも親方が双羽黒関の実家に何も連絡をしてこないことを双羽黒関のご両親は怒っておられた、という情報もTVに流れていました。事実だとすれば、中卒の子供をお預かりした者として、指導者として大人として、その態度はどうなんだろう? と疑問を感じたものでした。
 しかも、騒動の結末としての双羽黒廃業で関取(番付が十両以上で協会から給料が貰える力士のこと)が一人もいなくなった立浪部屋は、関取の頭数を求めて大量の学生相撲出身者をなりふり構わず囲い入れました(部屋に関取がいるといないでは、部屋の経営面で、もの凄い違いがある)。学生相撲をやっていた人は、一般の入門者より当然のこと強いうえに、番付が幕下付出からのデビューなので半年もすれば関取になれるという算盤勘定です。
(※ 番付の構成は→のとおり。 横綱大関>関脇>小結>前頭(平幕)>十枚目(十両)>幕下>三段目>序二段>序の口)
 これについても、妖之佑は親方の人格・品格に大いに疑問を持ちました。
 考えてみてください。中卒で入った人が何年も何年もかかって、それでも十両に上がれず、給料の貰えない幕下以下で毎日を頑張っている、便所掃除などなど部屋の雑用もやっている。そんな中を、いきなり入ってきた大学生上がりの“後輩”が幕下付出でデビューって。つまり学生相撲が入門した瞬間、三段目以下の先輩たちは、その学生相撲の“後輩”よりも格下となるのです。“後輩”から拳骨を貰って「ごっつぁんです」とお礼を言わなければならんのです。しかも半年もすれば、早ければ一場所で十両、つまり関取に昇進。ということは、“先輩”たちは、その“後輩”の付け人(いわゆる「褌担ぎ」)として身の回りの世話まで強いられる。朝稽古で重役出勤してきた“後輩”が、自分たちが作ったチャンコに先に手をつけ、自分たち“先輩”はその残飯しか口にできない。
 これが同じ条件でスタートし、競った結果の格差であれば納得もいくでしょうが。そもそも学生相撲出身者は、いわば鳴り物入りデビューですからね。
 それでもまあ、年に、あるいは数年に一人くらいなら、まだしも。
 いくら「相撲は番付がすべて」とは言え、こんなことを乱発する部屋に、い続けたいと思いますか?
「俺たちって、けっきょくは大卒連中の下僕用でしかないんじゃね?」と考える中卒高卒の力士たちも出てくるでしょう。何せ若いんですから、そう思ってあたりまえ。
 そういった力士たちのメンタル面を考えもしない師匠だったのですよ、当時の立浪親方は。
 で、その立浪親方は、現役最高位が関脇。三役とは言え横綱には程遠い経歴です。それが、名門立浪の師匠に? なんで?
 そう。この人も入り婿だったのです。言葉は悪いが、師匠の娘婿という立場があって名門立浪部屋を継ぐことができた人です。

 あくまでも個人的意見なのですが。
 入り婿で部屋の師匠を継ぐ、あるいは継がせるというパターンはロクな結果をもたらしません。

 立浪部屋の例で言えば、実は双羽黒問題の立浪親方が跡を継がせた後継の立浪親方も入り婿でした。立浪親方の娘婿が次の立浪親方になったわけです。
 で、このご両名、確執を起こして部屋全体を巻き込む大騒動にまで発展しましたよ。

 部屋を継ぐことになった当時の新・立浪親方には同情すべき部分もありましてね。
 当時の旭豊関(イケメンで「暴れん坊将軍」とまで呼ばれてた)は現役まっただ中、まだまだ力の衰えを感じさせない活躍ぶりでした。にもかかわらずの唐突な引退記者会見に多くの相撲ファンは、それこそポカーンでしたよ。
 蓋を開ければ、義父である立浪親方が近々定年退職を迎えるため、それに間に合わせるよう娘婿に引退を求めた、ということだったらしいです。おそらくですが、強引な要求、あるいは強制だったのでしょう。だとすると、人の力士人生を何だと思っているのか!

 つまりは、双羽黒騒動に続き、立浪部屋内紛騒動も、元凶は元安念山関の立浪親方であったと言っても、まちがいではないと思います。
 まだ実力が衰えていないうちに引退させられた旭豊関の立浪親方は、お気の毒でした。必ずしも年齢・キャリアがすべてではないものの、人を指導するには、それだけの経験値が必要です。娘婿だからと部屋を継ぐ立場になった旭豊関の立浪親方も師匠として、さぞや、やり辛かったことでしょう。普通であれば、新米親方の経験を充分に積んでから部屋を継ぐべきであって。これは、さすがに端折りすぎです。
 おそらくは元安念山関の立浪親方が我が儘を通したのであろうと考えます。他の者に部屋を継がせたくないと。

 なお、現役時代の安念山関は、たいへんに稽古熱心で頑張り屋さんだったようで。その土俵上での姿勢にファンが多かった人気力士だったそうです。
 現役最高位が関脇というのも相撲界全体から見れば充分に活躍したと言える実績であり、力士としての安念山関を否定・批判する意思は毛頭ありません。
 ただまあ、要するに。
 現役で立派な人が必ずしも指導者として優秀か適格かと言うと、それは別の話。
 ということでしょう。

 話を戻しまして。

 金親関は引退と時期を同じくして宮城野親方(当時)の娘婿となり宮城野部屋を継ぐという経緯で、後の横綱白鵬関の師匠ともなるわけです。
 はっきり言って、親方の娘さんとのご縁がなかった場合、協会に残ることすら叶わなかった人です。そんな人が部屋の師匠、横綱の師匠、という時点で狂ってませんか日本相撲協会
 しかも、宮城野親方時代に問題を起こし部屋の師匠から格下げ。部屋付きの熊ヶ谷親方となってからも、日常の態度は指導者としてよろしくなかったそうで。おまけに、部屋付きの親方なのに付け人を従えていたとか、意味不明です。
 現役最高位が十両で、部屋の師匠になって、部屋付きに降格しても付け人がいる。
 これ、判りやすく例えると、プロ野球で二軍しか選手経験がないのに一軍監督に就任したようなものです。で、不祥事で二軍コーチに降格してからも側近を従えていた。という感じですよ。
 自分を何様と思っていたのか、あきれるよりも、その神経が不思議でなりません。

 幕内経験者であっても親方になるのが難しいほどに、年寄名跡の取得は激しい椅子取り合戦です(現在百五。一代年寄は別枠)。あの横綱曙関ですら、名跡を取得できずにプロレスラーに転向したほどですからね。
 名跡の継承は当事者同士の合意という基本ルールは判りますが、「娘婿だから」というだけを理由にされては大相撲界にとって良いはずがありません。人格を含めて指導者として相応しい人を親方にしていただきたいところです。

 今回の事件で明らかになった協会の年寄り名跡事情を知るにつけ。
 日本相撲協会の体質は全然変わっていない。
 と言わざるを得ません。
 がっかりです。

 あいかわらず、「年寄株」の貸し借りはあるようですし。
 そろそろ形式的にではなく、本気で年寄名跡に関するルールの厳格化が必要なのではないでしょうか。
 でないと、また、こんなダメ親方が出てきますよ。