(旧暦 水無月廿七日)

 巷に。

 天下のモグリ医ブラック・ジャック先生(以下「BJ」)の好物はカレーライスである。

 という説が、もっともらしく流布しているようで。

 不肖・妖之佑。人並みには『ブラック・ジャック』を読んでいると自負しているが、「カレーが好物」という印象は、まったく抱いたことがないし、今も持っていない。
 ので、少し記憶頼りに検証ごっこをしてみようと思う。

 たしかに、『ブラック・ジャック』本編中に「カレー」という単語は、わりと出てきているように思う。

 一番、印象に残っているのは、『銃創』において、BJが立ち寄ったレストランでギャルソンがミニッツステーキだの上エビのフライだの薦めてくるのをスルーし「カレーライスとコーヒー」を注文、「ヘッ、貧乏人め」と悪口叩かれたシーンであろう。ちなみに、このときBJはオペの報酬五千万円を持っていた♪
 ただ、これはBJがそこまでカレー好きということではなく、普段からBJの日常生活に見られる、無駄遣いを嫌う面が出ただけだと、個人的には思っている。先生、ギャルソンの態度が鼻についてムカついてただろうしね(笑)。

 次に印象的だったのは『報復』にて、日本医師連盟会の策略で逮捕されたBJの許にピノコが「お中元」つまり差し入れを持ってきたシーン。このときBJが口にした「ボンカレーはどう作ってもうまいのだ」(当時のボンカレーCMの台詞)が、あるいはBJのカレー好き説につながっているのかもしれない。
 が、これもまた、まちがっていると思う。なぜなら、この台詞の直後にBJが食べていたのはカップヌードルだからである(爆)。「ボンカレー……」の台詞は、手塚先生の癖というか何というか、唐突に脈絡なく時節の流行語やギャグを放り込むことがある、その一つではないかと考えられる。
(もっとも、留置所内のBJにボンカレーだけ届けても、ごはんはどうする? という問題はあるが……笑)

 他にカレーが出てきたのは、ピノコに「いつんなったらマトモなカレーライスがつくれるんだ?」と泣いて抗議してたシーン(『腫瘍狩り』)とか、お祝いというとカレーばかりだとピノコにボヤいてたシーン(『オペの順番』)とか。
 まだ無名な頃に、漁師たちの溜まり場になっているらしい飯屋で食べていたものも見ようによってはカレーに見えなくもない(『シャチの詩』)。もっとも、スプーンを使ってはいるもののルゥが見えないので、妖之佑は焼き飯だと思っているのだが……。

 少し視点を変えて。
 BJが自らの意思で決めたメニューを思い出してみよう。

 まずは、↑にも挙げた「カレーライスとコーヒー」。
 腕の良い寿司職人・タクやんの寿司を食べるために、けっこう遠方にもかかわらず、ときどき店に足を運んだり(『二つの愛』)。ちなみに、このときのおあいそは「トロとヒラメとバカとマヌケとアホで750円」なので、掲載当時の物価を考えても先生やはり庶民的♪
 大雨のせいで、訪れていた離島にカンヅメになったBJが、泊めてもらっている校医に連日「お茶漬けと漬け物」を献立として頼む(『土砂降り』)。
 仕事帰りにビアガーデンでジョッキを空け、電車で最寄り駅に降りた際、患者だった女性が一年前の手術料「ラーメン一杯分」(これは一年前にBJが要求した「ラーメン奢ってくれりゃいいよ」に応じたもの)を持参。BJは女性を「駅の裏に、うまーいラーメン屋がありますぜ」と誘う(『ある女の場合』)。
 手術料を払おうとしない高利貸・合羽さんを追いかけて京都にまで行った折、成り行きでオペを済ませたあとに、ふらりと居酒屋に立ち寄って熱燗を注文(『がめつい同士』)。ただし、燗がつく前にカウンターで眠ってしまった(笑)。
 新幹線の真下にあるため地震並みの振れに襲われる居酒屋で、頑張って徳利を傾けてたり(『震動』)。
 焼鳥屋の娘の目を治した手術料として「好きなだけタダで飲ませろ」と条件を出して、実際に飲み喰いしたり(『春一番』)。
 自宅で寝酒代わりにブランデーらしきグラスを傾けてたり(『雪の夜ばなし』)。
 切除した畸形嚢腫を培養液に漬けたものを眺めつつ、ウイスキーあたりをかなりあおってたり(『畸形嚢腫』)。

 …………あー先生、わりとお酒好きだな。
 寿司、ラーメン、焼き鳥、茶漬けって、みんな酒と仲良しだよ。先生、タバコもやるし。
 カレー好きって説は、やっぱありませんぜダンナ。

 ついでにBJ受難のメニューも。

 ケシズミにしか見えないパン(『ピノコ愛してる』)。
 ソース味の味噌汁(『ハッスル・ピノコ』)。
 巨大卵焼き(『ピノコ還る!』)。

 ピノコばんざーい♪