『ダーティハリー』
他の地方のことは、もちろん知らないですが。
二月の頭からTV愛知では、このシリーズをノーカット放送してくれているのですよ。現在、『2』まで行ったトコ。
妖之佑にとっては一作目と二作目が評価の対象なので、ここまでで満足しているのです(もちろん、『3』以降もチェックしますよ。なにせ地上波では初のノーカットですから)。
で、ノーカットを心待ちにしていた理由の一つが。
第一作目での「六発撃ったのか、まだ五発なのか」という疑問点。
むかーし放送された地上波(無論、アナログ)のを録画したのが手元にあるが、これはβだし、テープをしまったまま取り出せないし、そもそもデッキが動くかどうか状態だし、何よりも4:3画面であることや、CMのせいでシーンや台詞が大幅カットされていることからも資料的価値が低く、アテにならない危険性すら。
というわけで、ノーカット大歓迎だったのです。
細かいことは後ろに畳んでおきますので、興味のあるかただけご覧ください。ダラダラと無駄に長文なので、そこだけはお覚悟を(爆)。
地上波待たずにDVDを買うか借りるかしろよ、って声もあるでしょうが、それではダメな理由があるのです。これも後ろの方で。
簡単に申しますと、「ハリーは五発撃って一発を残したまま犯人に選択させるスタイルを常としていた」というのが妖之佑の到達した結論です。一部の意見としてある「銀行強盗のシーンでは六発撃ちつくして銃が空でありながら、ハッタリだけで強盗を制圧した」というのは、まちがいである。と断定します。反論は認めません(笑)。
というわけで「五発か六発か」という論争も、ノーカット放送のおかげで終わりにできます。
U.S.A. で、これが問題視された例がない。ゆえに「六発撃った」が正解である。
という意見があるそうですが。
これについては。
そもそもアメリカ人は大雑把である(笑)。少なくとも、ガンキチでないアメリカ人なら、そんな細かいこと、いちいち気にしない。
そして、ガンキチなアメリカ人は、あの映画の描写をそこまで高く評価しない。銃器に関しては一般向けな低レベルであり、実銃社会に住む銃器マニアの肥えた目には、語る価値すらないほど制作側の無知丸出しだからである。
(実銃がフツーに売買されている U.S.A. では、銃器を所持する人がガンキチとは限らないのです。むしろトーシローのほうが多い。日本でカメラを持つ人が必ずしも写真技術についてマニアとは限らないのと同じくね)
というのが実状ではないかと、勝手に推測して終えることにします。
※ 銀行強盗のシーンを振り返る。
ショットガンを持って銀行から出てきた一人目に一発。男は倒れる。
続いて出てきた二人目・革ジャン男に一発。弾は外れ。
革ジャン男は、そのまま待たせてあった車に飛び乗り、ドライバーは車をスタート。向かってくる車に向けて、二発。結果、横転した車のフロントグラスに二つの銃痕があり、ドライバーは動かない(一部に誤解がありますが、ハリーはエンジンを撃ってはいません。いくら .44Magnum でも車のエンジンをぶち抜くのは無理です。警察官の使う弾ですから弾頭は柔らかいハロー・ポイントでしょうし)。
フロントグラスのシーンと前後しますが、横転した車から逃げ出す革ジャン男に一発。沈黙。
このあと、倒れている一人目に近づいて例の決め台詞となります。つまり、ここまででハリーが撃ったのは五発。一発残したまま、一人目に銃を突きつけて「さあ、どうする?」と迫るわけです。
男は降参。ショットガンを没収して背を向けるハリーに「どうせハッタリだろ」と憎まれ口。
それに対してハリーは、あらためて銃を向けて引き金を引く。カチン。
ビビらされて「こン畜生!」(英語では、マジであの汚い台詞です)と強盗が怒るという展開。
※ なぜ五発しか撃っていないのに、六発目が空だったのか?
その答は、口をモグモグしながらホットドッグ屋の外に出たハリーの様子で判ります。ハリーは銀行へ向かいながら、銃を握る右手でハンマーをコックしています(英語版では、ご丁寧にコッキング音が入っています)。つまり、ハリーは余裕があるときはシングル・アクションで撃つ習慣を持っている。反動の強い銃を使いつつ命中率を上げるためでしょう。
このことは、終盤、スコルピオに銃を突きつけて決め台詞を言ったシーンでも確認できます。ハンマーは、ちゃんと起きています。
ここは多くのかたが、おっしゃっているとおりです。ハンマーをコックして「どっちか選べ」。犯人が投降すればハンマーを静かに戻す。すると、次にトリガーを引いたとき、発射位置に来るのは六発目ではなく一発目です。つまり発射済みの空薬莢。弾が出るはずありません(銀行のシーンでは、空撃ち直前にハンマーを起こします。つまり、背を向けたときには、ハンマーを戻していた)。
※ 銀行のシーンでは空だったという、もう一つの説。
このシーン。ハリーは五発しか撃っていないが、それでも決め台詞のときは、銃が空だった。という意見が見受けられます。
これは実のところ、銃器に関する無知から来た誤解なのですが、いちおう論理的に否定しておきましょう。
どういうことかというと。
そもそもリボルバーは一発少なく装填するのが常識。六連発銃なら五発だけにしておくのが正しい使いかた。
という迷信ね。
これ、十九世紀、西部開拓時代なら正しかったかもしれない常識なのです。つまり、シングル・アクションのリボルバーでは、発射位置は空にしておく。でないと、暴発してしまうことがあるから。
これはシングル・アクションのリボルバーに特有の、欠陥と言ってもいい構造からくるもので、予防策として、一発は空けておくというものです。
当然、二十世紀以降でも、旧式銃だけでなく、その同型レプリカ銃、コピー銃は該当します。スターム・ルガー社(以下「SR社」)のヒット作品「ブラックホーク」が、この構造によって痛い目(暴発で怪我したユーザーに訴えられて敗訴した)に遭い、それ以後のSR製銃には銃身に「使う前に説明書をきちんと読め」という文言が刻印されるようになったのは有名なお話。もっとも、ブラックホーク自体、訴訟をきっかけに改良されて今では六発フル装填しても暴発しない構造になってますけどね。
でー、誤解している人は、↑のことを引き合いにして、ハリーも五発装填していたとおっしゃるのですよ。
いや、ハリーの使っているS&W製M29は、リボルバーではあってもダブル・アクションですから。しかもS&Wのダブル・アクションは世界屈指の傑作設計であり、複数の安全機構により構造上、暴発はありえないのです。だから仕事で持ち歩くポリスも六発装填があたりまえでした。
第一、五発しか装填しないのなら、終盤のスコルピオとの決戦で六発目を撃ったことと矛盾しますよ。
ということで、この説は却下されるべきものです。
※ では、なぜ「五発か六発か」論争になったのか。
いよいよ本題です。
今回のノーカット放送で確認しましたところ、日本語音声では五発の銃声が確認できます。映像も五発分の射撃シーンがあります。
ところがぎっちょん、英語トラックに切り替えますと、突進してくる車にハリーが二発撃ち、それから車内、ドライバーの肩越しにハリーを見るカメラ視点へと切り替わる瞬間に一発、銃声があるのです。ハリーが……いえ、誰かが撃ったカットはありません。硝煙すらありません。ただ音だけが存在する。
この音をハリーのものとしてカウントすると「ハリーは六発撃った」ことになります。
ハリーが強盗にハッタリをかました、とする根拠は、この“謎の一発”です。
あちこちのサイトさん、ブログさんを拝見したところによりますと、実はDVD化されたときに、この一発分の効果音が新たに追加されたようなのです。理由は不明です。
一方、日本語版は、DVD化された時点ではすでに故人となられていた山田康雄さんの吹き替えですから、その音声トラックは効果音も含めてDVD化よりも前のものなのは確実です。
つまり、劇場公開された時点では「ハリーは五発しか撃っていない」というのが正しいと思われます(映画館で観ていないので、絶対とまでは言いきれませんが、ほぼ確実でしょう)。
無理に一発を追加するから話がややこしくなる。
※ それでも「銀行でのハリーは六発撃った」と頑固に言い張る人に。
全編をきちんと観ましょう。
“謎の一発”は、まあひとまず置いときまして。
ハリーが撃った場合は銃声と一緒に射撃シーンが必ずあります。銀行強盗の相手でも、ライフルでのスコルピオとの銃撃戦でも、身代金を届けたときの一発でも、スタジアムでも、そしてもちろんスコルピオとの決戦でも。
ハリー以外の銃撃で唯一、撃つシーンがなく銃声だけなのは、ハリーのライフルとの銃撃戦の後、スコルピオが屋上から逃走したときです。これは、あとのシーンでスコルピオが警官一人を射殺したものだと、台詞で説明があります。
つまり、“謎の一発”以外は、すべて誰が撃ったかが判るようになっている。この一発だけが所在なく不自然に浮いているのですよ。
これ以上、語る必要ありますか?
※ 念のため、状況証拠でも固めておく(笑)。
SFPD のハリー・キャラハン刑事は、はみ出し者であり、乱暴者とすら言われています。地方検事は「警察活動としては極めて異例(very unusual)」と表現していましたっけ。
ですが、荒事が日常であればあるほど、ハリーがハッタリやバクチで生き延びているとは思えない。むしろ慎重で用意周到、用心深い人間であると考えるほうが自然でしょう。
実際、身代金を届ける役目を命じられたとき、上から「犯人との約束だから、ハリー一人で行け」と言われたにもかかわらず、独断で相棒のチコを援護につけたり、足首にナイフを忍ばせたりと、犯人の行動を先読みしていました。ただの脳筋では、こうはいきません。
そんな頭の回る百戦錬磨の刑事が、自分の銃をカラにしたまま、つまりは丸腰のまま凶悪犯に接近するでしょうか? するワケがない。もし、したら設定が破綻していますよ。ぶっちゃけ、監督や脚本家の頭がおかしいと言っていいレベル。
ありえません。
ハリーは、いつも一発残した状態でのみ、あの決め台詞を犯人にぶつけるんですよ。性格的にどうかは、ともかくね(苦笑)。
ということで、ハリーが五発しか撃っていないのは、もはや論ずる必要もないほどに確定しています。
“謎の一発”については、あれですね。ジブリの“赤問題”と似たような出来事なのかもしれません。誰かが気を利かせたつもりで、勝手に余計なことをした。で、会社として手詰まりになって、知らぬ存ぜぬで通すことにした。そんなところなんじゃないでしょうか。
残念ながら、DVD化以後、英語音声はすべて“謎の一発”込みの六発になってしまっているそうで。余計なことをやらかした誰かさんは、原音に手を加えてしまったのかもしれませんね……。今となっては山田康雄さんによる吹き替え日本語トラックは貴重です。