博多どんたく (旧暦 卯月五日)

 今回の沢嶋さんは、江戸の超常現象を取材。
(最近のNHKは、このテのネタが多いなぁ)

 屋鳴りだの天狗礫だのと、かなり明確な物理現象と言うか、小火騒ぎにまで至っては実害があるため、そりゃ住人にとっては大事ですわな。

 まあ蓋を開けてみれば、奉公先に村の娘を寝取られた(と思った)村人総意での大がかりな嫌がらせだったワケですが。
 現代で、これやったら滑稽な図しかできませんが(笊に石を目一杯積んだり、松明抱えたりの小汚い集団が夜中にゾロゾロ歩いてたら、それだけで不審に思われるってば)。真の闇が存在した、あの時代だからこそ可能だった事ですね。攻撃対象が武家とは言え貧乏旗本の家だったことも、仕掛ける側にとっては有利だったのでしょう。大屋敷なら警備もハンパないはずですから。
 とは言え、夜鳴き蕎麦や夜鷹連中は「またかー」って程度には認識してたんじゃないかな。ただ、連中の声など、瓦版のセンセーショナルな記事に沸き立つ世間には届かないだけで。

 一点だけ疑問がございました。
 不本意にも事件の中心になってしまった娘が責任を取る意味で屋敷から暇を取ったという結末でしたが。
 書き置き……って? 達筆な漢字で書かれてましたよね。
 お殿様クラスのお屋敷奉公ならともかく、貧乏旗本の所の下女でも読み書き算盤を学べたんだろうか? と気になりました。
 江戸庶民の「読む」能力は、実はかなりあったのです。娯楽を享受するため、つまり今で言う絵本や雑誌やエロ本を楽しめるレベルは庶民にとって必要だったワケ。
 でも「書く」となると、そうはいかない。例えば届けられた恋文をスラスラ読めても、書ける人は少なかった(書く側は代筆が多かったそうで)。
 これは調べておくか。



 明治時代に起きた甲州大目村の事件に関する井上円了氏による報告など、↑の事件に通ずるものがあって興味深いですね。