『エコエコアザラク』という漫画を、ご記憶のかたも多いかと存じます。
この中に出てくる数々のホトケ様の中で、大口胃太郎というキャラは、どれだけのかたが憶えておられることか。
妖之佑、この大口さんが、とにかく気の毒でね〜。
簡単にご説明しますと。
この大口胃太郎という青年。桁外れの大喰いを武器に生計を立てていた、押井守監督的な言いかたをすれば「立ち喰い師」です。「*杯食べたらタダ」だの「*杯食べたら賞金*万円」だのという店を渡り歩いていたわけです。
でね。これだけなんですよ。彼に関する説明・描写は、これだけ。
次の登場シーンは黒井ミサと彼女のおじさんに屠られたあとのことでした。つまりご遺体としてです。
行き倒れた胃病の男性(実は、行方不明となった大口さんを探す探偵さんなのですが)を魔法手術で助けるため、大口さんは二人によって胃袋を摘出されて、お亡くなりになりましたとさ。
黒井ミサが理不尽なのは、ともかくとして。作者の姿勢が理解できませんでした。
大口さんは犯罪者ではありませんし、黒井ミサの機嫌を損ねたわけでも、魔術関係での契約不履行や契約違反があったわけでもありませんからね(仮に裏設定であったとしても、原稿にて説明されていない以上、それは無いに等しい)。
悪魔が人の魂を奪うにも、それなりの手順というか流れがあるもので、唐突に通りすがりの魂を、ほとんど通り魔的に取るということは、ないのです。
作者は、よほど、このテの“特技を生かして社会の隙間を巧みに縫って生活費を得る”人たちが嫌いなのでしょうね。たとえばメジャーなところではパチプロとかが、そうかな。
妖之佑に言わせれば、大喰いチャンピオンがタレント・デビューするこの平成、21世紀ならいざしらず、20世紀の昭和の時代に体を張った合法的タダ喰いで生計を立てていたなんて、大口さんは素晴らしいとすら思うのですよ。ベンチャー的発想と言ってもいい。
しかも大口さんは店にも気を遣い、店主が喜ぶようにし向けます(立ち喰い師としての営業努力と言えば、そうなのですが)。
賞金がアブク銭だからと無駄遣いするでもなく、住居はボロのアパートに別の男性とルーム・シェアです。生活も質素そのもの(酒くらいは呑んでいたようですが)。これは、その地域を一通り荒らしたら業者に顔が知れるので引っ越しを余儀なくされるという理由もありそうですが。同時に、「立ち喰い師」なんて若いうちしかできないという自覚があり、中年以降のことを考えて貯蓄していたのかもしれませんね。
また、実家にもこまめに連絡をしていた様子で。行方知れずとなって、すぐに母親が探偵事務所に相談に行っています。調査を始めた探偵が、例の手術直後に、まだ腐敗していない大口さんの遺体を目撃しているので、ミサたちに捕まってからたいして日数が経っていないことが判ります。日頃から連絡を絶やさなかったのは親を心配させないようにという配慮でしょうか。
良い人じゃありませんか。愛嬌もあるし。
「働かざる者喰うべからず」とは申しますが。
それならね。部下にばかり仕事をさせて成果はすべて自分のものとし、あまっさえ失敗の責任だけは部下に取らせるクソ上司のほうが、よほど「働かざる者」だと思いますよ。あるいは社員に過労を強いては次々と使い捨て、稼ぎは親の総取りなブラック企業の経営者とかもでしょう。奴ら、仕事なんてしてねーっての。
作者が叩くべきは大口さんではなく、こーゆー輩だと思います(別に、黒井ミサに正義を示めさせよという意味ではありません、もちろん)。
『エコエコアザラク』は好きな作品なのですが、この大口胃太郎さんのエピソードだけは納得がいきませんでしたし、今も納得していません。