一の酉 (旧暦 神無月七日)

 さいころステーキというのが、ありますよね。
 お客の目の前で、シェフが手際よく肉をサイコロに切って焼いてくれる、あれ。
 グルメ番組などで紹介される有名高級ステーキ屋さんは、たいていこの営業形式なのですが。

 あれって旨いか?

 と思うのです。

 いや、肉の旨味をきちんと引き出すようにシェフは火加減を心得ておられると思いますよ、もちろん。
 それに、きっとサイコロに切ったほうが、火の通り加減をコントロールしやすいに違いありません。

 でもねー……旨そうに思えない。
 と言うか、以前入った店で、注文できるのが全部サイコロでしてね。大層がっかりした経験があるのですよ。

 要するにです。

 グルメなお金持ちのかたがたや、グルメを気取りたいプチブルどもはともかく。
 妖之佑のような庶民は、「肉」と聞くと、分厚いステーキがジュウジュウ音を立てている様子を求めてしまうのですよ。それでこそ「肉喰うぞー」「肉喰ったー」と言える(笑)。

 対して、さいころステーキは、気取ってるばかりで肉の持つべきステータス、存在感が一切感じられない。
 どこか気取った感じがしてね、余所余所しい。だから白ける。

銀河鉄道999』で鉄郎の前に出されたステーキがねー、まさにその存在感を持っていましたねー。あれは旨そうな絵だった。
 全盛期の松本零士さんはメカ・デザインも秀逸ですが、実は食べ物の絵も素晴らしいんですよね。写実的かと言えば、決してそうではないものの、存在感、あるいは旨さを読者に伝える力を松本さんの絵はまちがいなく持っていた。とりわけラーメンと分厚いステーキが顕著でした。

 比べてしまって申し訳ありませんが。
美味しんぼ』の料理絵は、写実的完成度は高いと思うものの、あの絵から一度として「旨そうだ」と感じたことはありません。絵から旨さが伝わってきたことは一度もないのです。
美味しんぼ』の料理のアップ絵は技巧的には優れているものの、ただそれだけ。まあ、情報漫画でもありますから、ふきだしの中さえ読めばいいんですけどね、あの作品については。

 松本さんの描くラーメンやステーキには、気取らない、ストレートなパワーがあります。
 それだけで充分、旨さが伝わってくる。

 さいころステーキと言い、『美味しんぼ』の絵と言い。
 どこか気取っているんでしょうね。だから旨そうに思えない。

 もう一度。

 さいころステーキって本当に旨いですか?